出逢ったその人は・・・

僕が北欧好きなのは有名な話である(このエッセイではね)。幼い頃のおぼろげな憧れの風景、それは北欧であるに違いないと、信じて疑わない。二度訪れたうち、まだその風景には出合っていないが、いつかフィンランドで出合えるような気がしている。

北欧狂いとでも言って頂きたい。フランスはどんなところ?なんて聞かれると「きったなくて、人々は働くの大キライで、理屈っぽくて絶対に謝らない国!」と、愛情裏返しの悪口を並べたてるが、北欧のこととなると、悪口なんて言ったらバチが当たるかの如く、「汚いものは一切なくて、人々は皆美形で親切で、天使がいるところ!」と目を輝かせて賞賛する。すべて美化しすぎだ!と批判する者もいるが、気にしちゃいない。でも実際、僕はあまり北欧のことなんて語らない。僕の話に影響されて、北欧に行く日本人が飛躍的に増えると、僕は嫉妬の嵐で堪えに堪えられなくなってしまうからである。それに、僕に北欧のことを語らせること自体が間違っている。この「愛」を語らせたら、北欧人でさえも、三歩引いてしまうくらいなのだ。一歩も引かない希有なスウェーデン人もいたが、大抵は僕のあまりの熱意に圧倒されて、天使の顔がひきつることしきりなのである。

まぁ、あまりにも愛しすぎて「何を語ったらいいのか分からない」ということもある。この、北欧に対する熱い想いは「白昼夢」という歌に込めているので、僕の話ではなく、この歌で北欧を感じて頂くこととしよう。

さて、僕の愛読書のひとつに「フィンランド留学日記」(古橋寛子著・鳥影社刊)という本がある。愛読書なんてもんでない、バイブルである。もう8万回以上は読んでいる。大学2年の時に、大学内の書店で偶然見つけた本で、元々留学日記好き・しかもフィンランド!ということで迷わず買った。1年間のフィンランドでの体験を綴ったもので、もう僕はその時点でフランス行きが決定していたが、フィンランドに憧れて憧れて悶え死にそうだった。

何度も何度も繰り返し読み、フランスに行く直前になっても、頭の中はフィンランドで一杯だった。フランスに行ってからの北欧話に関しては、エッセイ「淡い夢が消えた日」「我が心の北欧」を参照して頂くことにして、今回は京都での出来事をご披露させて頂きたい。

留学を終え、京都での暮らしにも板についてきた頃、北欧同好会(と勝手に呼んでいる)の友人から電話がかかってきた。フィンランド人の版画家が個展を開催しているから、観に行こう、という誘いだった。フィンランド人であれば版画だろうが何だろうが構わない。もう一人、北欧同好会のメンバー(同好会の会員数はたったの3名)と、非会員の友人も引き連れて、とある休日の午後、バスで会場に向かった。

バスの中で、友人に個展のチラシを見せてもらうと、「フィンランド人版画家、トゥーラ・モイラネン」と書いてある。どこかで聞いたことのある名前だ・・・トゥーラ、、、トゥーラ、、、トゥーラ・・・・あ・・もしかして・・・あのトゥーラ?!「フィンランド留学日記」の“東の家庭で”の章に出てくるトゥーラだろうか?!確か、あの本には、著者が留学先のユヴァスキュラ(中部フィンランド)で出会ったトゥーラという女性が個性的な版画を作っていて、著者の日本帰国よりも前に、以前から興味のあった日本に留学することになっている・・・と書かれていた。更に、トゥーラは日本語が堪能かつ聡明で、仲良くなってからはトゥーラの故郷である東フィンランドのクオピオに招かれ、母親はヨガに凝っていて、ベジタリアンだった、ということも記されていた。

もし、本当にあの本に出てくるトゥーラだったら、僕はかなり感激だ。一番会って話をしてみたいのは、勿論著者であるが、それでもバイブルとする本の登場人物に会えるなんて・・・。それでも、本当にあのトゥーラかどうかは分からない。あのトゥーラであってほしい。でも、本の中の話は80年代後半のことである。あれから月日は経っている。トゥーラはまだ日本にいるのだろうか?どうだろう・・・と、そんな思いが交錯し、いてもたってもいられなくなってしまった。胸がドキドキし、バスの中にいるにも関わらず、平常心でいられなかった。

会場は小さなアトリエだった。入るとすぐに、白人女性が見えた。あの人がトゥーラだろうか。僕はすぐに声をかけた。
「すみません、トゥーラさんですか?」
そう問うと、笑顔で「そうですよ」と答えてくれた。そして僕は興奮気味に、
「古橋寛子さんって、ご存知ですか?」
と聞いた。彼女の顔がにわかにびっくりしているのが分かった。
「ええ、知ってますよ!」
やっぱり!そうだ!!あのトゥーラだったのだ!!!僕は興奮を抑えきれずに、古橋さんが「フィンランド留学日記」を出版していて、その中にトゥーラのことが描かれていることを話すと、
「そうだったの?本が出ているなんて知らなかった!私のことが書かれているの?まぁ!!」
驚きながら、彼女は笑みを見せた。二人はフィンランドで出会って以来、連絡を取り続けていなかったそうだ。
「あの本が大好きで大好きで、もう何度も読み返しているんです」
そして僕は矢継ぎ早に、トゥーラについて知っている全てを話した。ユヴァスキュラに居たんですよね?ご出身はクオピオなんですよね?ベジタリアンなんですよね?お母さんはヨガを教えてらっしゃるんですよね?お家はお父さんが一人で建てたんですよね?・・・トゥーラは初対面である僕が、あまりにも色んなことを知っている為、驚きと嬉しさと恥ずかしさが交じったような顔をしていた。

「僕も憧れのフィンランドに行ったんです。ユヴァスキュラにも行って、あの本の中に出てくる大学や寮、中心街も見て回りました。是非一度、古橋さんにもお会いしたいんですけどねぇ」
彼女も勿論、会いたいとのことだったが、何せ連絡先が分からない。こんなところで、古橋さんの名前が出てくるなんて!と喜んでいた。僕も嬉しかった。こんな出会いってあるものなんだ・・・。何とも不思議な出会いだと思った。


過ぎ去りし日々のおかしな回想

エッセイ目次