淡い夢が消えた日

僕は無類の北欧好きである(自作曲「白昼夢」も北欧がテーマ)。幼い頃に思い描いていたあの風景とは、絶対に北欧であると信じて疑わないのであるが、これまで2度の北欧旅行ではまだその風景とは出会っていない。それでも何故か強く心が惹かれる。きっと物凄い縁があるんだろう、とも信じて疑わないピュ・ア(純粋)な僕。

愛愛愛愛愛読書「フィンランド留学日記」に、夏にフィンランドの大学各地で行われる外国人向けフィンランド語サマーコースは、授業料無料、宿泊(大学寮)も提供されるという、なんともヨダレもんの情報が書いてあったのを、1998年の渡仏前に読んでいた。しかも、初級コースは英語で授業が行われるという。これに参加しないテはない。1999年の7月、フランスから日本へ帰国する前に、絶対このコースに参加しようと心に決め、淡い夢を見ていた。フランスに行く前から、心はフィンランドへ。そして帰国直前の夢のような出来事に、思いを馳せていたのである。(変?)フランスにいる間も、少しでもフィンランド語を覚えておこうと思い、大学のフィンランド語の授業を聴講しよう(単位にはならずとも)なんて、闘志を燃やしていた。同じ学校にフィンランド人がいたらいいなぁ、きっといるだろう、絶対フィンランド人の友達作ろう、だってフランスに行くのはフィンランド人に会う為のようなもんだモン!(とは嘘だが)と、夢一杯であった。

ヨダレを垂らしながら淡い夢を見るのも、目をギラつかせて闘志を燃やすのも、それは誰にでも、簡単に出来ることである。以下は、何とも無残で、ピュ・アな少年の夢をことごとく打ちのめす物語に変貌する。

1998年9月に渡仏。ストラスブールで1ヶ月研修を受けた後、10月に僕が1学年間滞在することになるブザンソンへとお引越し。いよいよ、である。9月の研修時には同じクラスにノルウェー人がいた。僕の北欧に対する多大なる愛を語り、もちろん仲良くなった。このブザンソンでも、そんな友人が出来るに違いないと思っていた。胸躍らせながら、授業開始日に学校に行き、僕は必死に周りを見渡し北欧人がいないか、はたまた名簿を見て北欧人らしき名前を探したり、北欧人狩り(?)に忙しかった。しかし、クラスメートにはおろか、僕の通う大学付属の応用言語学センター(Centre Linguistique Appliquee)に北欧人はいなかった。名前が北欧人ぽかったので、もしや!と思い話し掛けてみるとドイツ人だったり、文法の授業で「私の母国語には冠詞(英語でいう“a”や“the”のこと)がないから、フランス語の冠詞はややこしい」という発言をした学生がいてドキドキ・ドキリ。フィンランド語にも冠詞がないのだ(勿論日本語にも冠詞はない)。もしもし・もしや!!と思い、授業後に話し掛けてみたら、ロシア人だった・・・。

がっくり。

北欧人でないからといって、そこで「がっくり」というのは、相手に大変失礼な話ではあるが・・・。ならば!!と、大学学部の校舎に、フィンランド語の授業を聴講させてくれぃ!!と乗り込みに行った。しかし、受付の感じ悪いオバハン(フランスの受付で感じのいい人を見つける方が難しい)に、「フィンランド語の授業はありません」と冷たく言い放たれ、廊下に授業一覧が貼ってあるから見て来いと言われた。いそいそ見に行くと、フィンランド語はおろか、日本語の授業さえもなかった。・・・田舎の大学である・・・パリとは事情が違う・・・都会とは違うんだから・・・と自分に言い聞かせる。開講されていた外国語の授業は、英語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語などヨーロッパの比較的ポピュラーな言語のみであった。

夢・破れ。

フィンランド人にも会えず、フィンランド語の勉強も出来ないなんて・・・と泣いた。だったら!自分で本を買って独学するぞ!!とならないのが、タカハシコウである。語学なんぞ、独学でやるもんじゃない、人に教えられるものだ、と元来怠け癖の悪魔が耳元で囁く。ただでさえフランス語でアップアップしてるのに、フィンランド語を自学する余裕などないのである。

てなわけで、最後の砦は、夏のサマーコースである!!授業料無料、宿泊先も提供される、こんなおいしい話、他にどこにあろう。これだけは裏切るはずはない。

年が明けてから、だったろうか。いつかは定かでないが早い時期に、パリにあるフィンランド大使館に確認の電話をした。電話に出たのは、感じのいいフィンランド人女性だった。心ウキウキだったが、その女性の口から発せられた返答は意外なものだった。
「今年のサマーコースは、初心者用のコースがありません」
そ、そんな・・・一瞬耳を疑った。聞き間違いだと思いたくて、もう一度確認をした。だが、答えは同じものだった。やはり参加者が少ない為に、今年は初心者用コースのみ削ったらしい。ふむふむ。いや、しかし納得しちゃいかん。「今年はない」では困るのだ!!今年は中級コースからしかない、と知り電話口で大騒ぎの僕。
「えええ、、、それじゃあ・・・だったらぁ・・・・じゃあ、今から自分でフィンランド語を勉強して、それで今年の夏は中級コースを受けに、フィンランドに行きますっっ!!」
大使館相手に、僕も強引である。しかし相手は冷静だ。
「中級コースは最低でも学校で1年間学習していないと無理です。今年は無理ですよ、あきらめあそばせ!」
・・・グッサリ傷ついて電話を切る。

とことんフィンランドとの接点を切られてしまい、すっかり傷心の僕であった。その後、スペインからモロッコのタンジェに半日ツアーで行った際、フィンランド人夫婦と出会い、勿論フィンランドへの愛愛愛をたっぷり語り(その夫婦は僕の熱のこもった演説とも言えるフィンランド狂熱弁を聞いて、ちょっと引いていた)、その夏、初めて北欧に行ったのであるが、やはり心残りは、フィンランド語サマーコースなのである。あの言語を話してみたいのである。しかしここで、「じゃあ、その日に向けて、自分で勉強しよう!」とならないのが、タカハシコウなのである。


異国にて…

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