パーマンになれなかった日
Part 2

パリの大学に留学している大学時代の友人が一時帰国しており、今日、渋谷で久々に再会した。1年半振りである。大学時代は意気投合して喋り捲っていたし、在学中の1年間の留学時期も同じで、こまめに連絡を取り合っていたし、卒業後はお互い東京に出て来ていて、しょっちゅう会っていた仲なので、いくらメールで連絡を取っているといえども、1年半振りというのはかなり久しぶりという感じだ。しかも、お互いいつも喋ることが山積みなので、それはそれは機関銃トークになる。1年半も会っていないともなれば、話したいことがもうてんこ盛り。よく喋り、よく笑い、よく罵り、よくキレる。それが2人の会話だ。ここにもうひとりの大学時代の友人が加わると更にパワーアップする。そのもうひとりの友人は仕事の関係で、お昼の1時間と、夕方の2時間程しか一緒に居られなかったのだが、相も変わらぬ関係は健在だ。この3人に、今日は2人のフランス人も加わり、一層賑やかに。とっても愉快な1日だった。

笑いの壷が同じだったりして、何かとゲラゲラ・ケラケラ笑っている。フランス人の1人が最近覚えたオヤジギャグ“いくらは幾ら?”を発表した後、僕がもうひとつ、オヤジギャグを教えた。それは“はまちはハウマッチ?”だが、大して面白くもないこのオヤジギャグに、友人はどこを刺激されたのか、壷にハマッたらしく、ひとりで笑い転げていた。シアワセな人だ・・・。

この友人、僕のホームページもよく見てくれているらしく、以前書いた「パーマンになれなかった日」のことを話してきた。僕が幼い頃、父に買って貰ったパーマンのセットを身に付けても、空を飛べなかったことにショックを受けた話である。僕は廊下を走ってみて空中浮遊できないことを体で経験したわけだが、友人はその上を行っていた。友人も同じように、パーマン・セットを買って貰ったのだそうだ。そして僕と同じように、それを身につければ空を飛べると思い込んでいたらしい。かたくなに信じていた友人は、パーマンのマントを身に付け、高台に上った。そして、3メートルもある高さから、実際に飛び降りたのだそうだ!!結果は、ここで語るまでもなく。血だらけになって帰宅した我が子を見たご両親は、「まさか、本当に飛ぶとは思ってもいなく、びっくりした」らしい。やれやれ・・・。

その話を聞いて、僕は人目もはばからず大笑いをしたのであるが、これは笑っている場合ではない。大人は子供の心など分からないものだ。子供はその純粋な心で、様々な“ありえないこと”をかたくなに信じている。まさか“マントを付ければ飛べる”だなんて、大人はこれっぽっちも思わないが、子供はアニメを見てそう信じているのだ。おいそれと、そんな子供騙しの商品を作って売るものではない。いや、売ってもいいが、「まさか本当に飛ぶとは思ってもいない」のはどこの親も同じなのだ。危ない危ない。おいそれと買い与えてはいけない。怪我するばかりでなく、夢までぶち壊してしまう。そこがポイントだ。大人が子供の考えていることを本当に理解することよりも・・・。でも、僕は覚えておこう、あの気持ち。


過ぎ去りし日々のおかしな回想

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