第57話
面白い人たち

3月1日(月)。音声学の授業で、少しだけそれぞれの言語の比較を話した。先生がイギリス人に、「英語の場合は・・・アメリカと同じ?」と訊くと、ムクッとアメリカ人軍団の方に体を乗り出して、
「ノン!!パ・デュ・トゥ!!!(いいえ!ぜんっぜん!)」
と、挑戦的に言い放ったので、クラス中が大笑いした。出た出た!英語 vs 米語。

3月2日(火)。相変わらずの朝寝坊。ビュッソン先生(おもしろおばちゃん)の授業に遅刻して、気付かれないように、そーっと教室に入って行ったのだが、
「ムッシュー!」
小さな教室。気付かれないはずがない。
「あなたはいつも遅刻するわねー!ココー!ココー!あ、そうそう、皆“ココ”ってどういう意味か知ってる?」
誰も知らなかった。
「“ココ”っていうのは、フランス語ではコミュニスト(共産主義者)っていう意味なの!」
クラス中笑い、かの僕も大笑いしていた。そして、絶妙なタイミングでビュッソン先生は僕に、
「あなたコミュニストなの?」
と訊いた。またもや大笑い。

余談:先生は単なる冗談だったのだが、今思うと、果たして笑っていいものだったのだろうか・・・と思う。クラスの中に共産主義者がいたかどうか、今となっては覚えていない。

ランチに行くと、台湾人のアレックスとアメリカ人のジョセフがいた。2月にバルセロナで落ち合うはずだったアレックスは、僕と会う前に病気になり、バルセロナの病院に入院した為に会えなかった。大したことはなかったらしいが。それで今日はお互いが、スペイン旅行の写真を持って来て見せ合う約束をしていたのだった。その写真を見ながら、ジョセフがおもむろに言った。
「やっぱり日本人は写真を撮るのが好きなんだねぇ〜」
「は?」
「旅行中、君はただ写真を撮ってたの?アレックスは旅を楽しんだけど、君はただ歩きながら写真を撮ってたわけ?」
出ました!!!欧米人の“棚上げ”固定観念!日本人と言えばカメラ。どこに行っても写真撮りまくり。このイメージは随分と強いらしく、いまだに語り草である。しかしそれは、何十年も昔のことでなかろうか?今よりも世界中で写真がお手軽ではなかった頃の・・・。このご時世、写真どころかビデオを回しながら旅行をしている人たちなんぞ、珍しくもなんともない。どこの国の人であろうが、大抵カメラを持って撮りまくっている。そういうアメリカ人もしかり。しかも、そんなことを言う人に限って、持っているカメラは日本製だったりする。あっぱれである。

こちらもご覧あれ。

午後、学部の英語の授業に出ようと、文学部の校舎に行ったのだが、先生が来ない。どうやら休講のようだ。フランス人のアレクサンドラと雑談をして、その流れで一緒に買い物に出た。
「私、フランス大ッ嫌いなんだ。アメリカに行きたい。アメリカ大好きなの!」
「へぇ〜・・・珍しいね、フランス人で」
アメリカ大好き!と豪語するフランス人は初めてだった。
「確かに珍しいわ。ヘンだわね、私。おかしいのよ。でも、あの大きな国に憧れるの。いつか住みたい」
「そうなんだ」
「ただ、問題なのは食事ね。あの国の食文化はヤバイでしょ。それだけが気がかりなのよ」
“食文化”へのこだわり。ここで初めて、フランス人らしい顔を覗かせたアレクサンドラであった。

夜は、同じクラスのスペイン美女ステファニーとルース、そしてステファニーの友達であるフランス人の男たち3人とで飲みに行った。明るく感じが良く、愉快な人たち。

愉快といえば、ビュッソン先生の他に、もう1人面白い先生がいた。ちょっとワルっぽい感じの30代後半から40代前半くらいの女教師で、見た目は普通のフランス人なのだが、「え〜、この人って本当に先生なの?」という雰囲気を持っている人だった。「ワタシが教師です!」という顔や雰囲気が全くない。「ちょっと学校に遊びにきちゃったわ〜!」みたいな・・・これはオーバーだが、打ち解けやすい雰囲気を持った先生だった。突然タバコの話をし始め、ある学生に「あなたタバコ吸う?」と問い、「あら吸わないの?タバコはいいわよ〜。吸いなさ〜い!!」と授業中に、喫煙家になることを勧める。他の学生が「でもタバコは健康に良くない!」と言うと、先生は「あら、そんなこと誰が言ってるの?」と切り返す。フランスで売られているタバコも日本同様、“健康のため吸いすぎに注意”やら“吸いすぎは健康に害を及ぼす”はたまた“吸いすぎるとガンになる”とまで書いてある。そのことに関して先生は、「そんなの全部ウソよ!タバコは体にいいんだから!」と言い切った。この発言以降、僕はこの先生を崇拝することにした。

と書くと、この先生っていかにも「ダメな先生」という感じに見えるが、実はそんなことはない。教え方は至ってプロ、なかなかのヤリ手だったと思う。難しい授業を担当していたのだが、あんなに分かりやすい説明をしてくれた先生は他にいない。語学はある程度のレベルに達すると、話すスピードが求められるのだが、誰かがつっかえながらテキストを読んでいると、「あら〜、そんなにつっかえないで読みなさいよ。もっとスムーズに!!そしてもっと速く!!」と注意するのだが、これがまた、威圧感が全くない。それどころか、かえってこの発言でその場が和むのだった。

今日はまた問題発言をしていた。ノートを持って来なかった学生に対して、
「ノートは買いな。お金ないんだったら盗みな!セ・ラ・ヴィ(それが人生よ)!」
フランス語教師であり、妻であり、母である。そして、僕の大好きな先生である。

第58話につづく

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