第56話
歯痒い日

パリから戻ってくると、日本の友達から手紙が2通届いており、パリから持ち帰ってきた日本の新聞を読んだりして機嫌良くしていたところに、大家から電話。大抵良いことない大家からの電話である。クロード(僕のロータリーの保証人)が、アパートの保証金として3,000フラン(約63,000円)を支払っているから、それをクロードに払うようにと言う。その保証金は敷金なので退室時に戻ってくるもの。何を言ってんだ、今頃・・・。クロードに電話で確認すると、「あれはただの保証金で戻ってくるものだから払わなくてもいい」と言われた。以前も確認していたのだが。しつこい大家なのであった。

2月23日(火)。相変わらず寝坊魔の僕。ビュッソン先生には、「あら、泳いで来た?」といつもの名口調で言われ苦笑。

学部の英語の授業を聴講しに行くも内容がイマイチ、しかも難しい。居眠りしている学生もちらほら。帰りがけ、タバコの火を貰うのをきっかけにフランス人学生に話しかけた。
「この授業は難しいよ」
将来は教師を目指していると言い、「じゃあ頑張って」と言って握手をして別れた。

夜は日本映画「カンゾー先生」が上映されるということで観に行った。この日だけの特別上映で、僕はずっと楽しみにしていたのだ。満席である。フランス人たちの反応も良く嬉しく思った。
「一番大事なのは名声じゃない」
この台詞が胸に残った。

2月27日(土)。大家からまた電話。クロードに電話したか?と確認される。いつもお金の話だ。「分かってます」と何度も言ってるのに、長々と話を続け、しかも相当な大声で話すので、ところどころで合間に「ウィ」と相槌を入れながら、僕は受話器を耳から話して聞いていた(実際は聞いていない)。朝からお金の話でウンザリしてしまった僕は、そのまま勢いでポン子の寮に電話。すると、受付のオバハンがなんと「彼女は病気」などと言う。なんだそれ。そして以前と同じく「今仕事してるから後でかけて。今私ここにひとりだから」と、ポン子と取り次いでくれない。そこで引き下がるのは負けである。「じゃあ伝言残します」と言っても「後にして」と理不尽なことを言ってくるので、
「今それが出来ない理由を知りたい。説明して下さい。伝言を残すだけなのに、なぜ今出来ないのでしょう?」
と強く言ったら、あっさり取り次いでくれた。なんだそれ・・・。ポン子は自分が病気だと言われたことに驚いていた。風邪ひとつ引いてないらしい。

2時間も長電話した後、僕は近所のロータリアン宅に行ってピアノを弾かせてもらった。久しぶりに2時間も集中してピアノを弾いたので、いささかぐったり。しかし心地良い疲れ。

日本でのアパートは1年間家賃を払い続け、そのまま契約を続行していた。京都に送られてくる郵便物は山形の実家に転送されるよう郵便局で手続きをしていたにも関わらず、実家に届くはずのものが届かないことが何度かあった。アパートの管理会社にも不在である旨伝えてあったので、電話をして郵便物がアパートの方に届いているかどうか確認してもらったところ、就職関係のものがわんさか届いている為、郵便物は全て部屋の中に入れたとのことだった。転送手続きをしているにも関わらず、転送されていないのだ。数ヶ月前、このことに気付き、京都の郵便局に電話をして注意を促していたのに、全く改善されていない。アパートの郵便受けのところに貼ってある名前を取ってくれば良かった・・・という後悔の念と、郵便局のいい加減さへの怒りが沸々と・・・。そして二度目の電話。かなり強い口調で苦情を言った。するとすぐに丁重に謝られ、僕はビクッとした。
「ああ、日本だ・・・」
フランスでは相手に落ち度があってもなかなか非を認めようとしないので、強い口調で言う癖が付いていた。日本では、そこまで強く言わなくても、すぐに謝ってくれるのだった・・・と、思い出していた。

いやしかし、前回も謝られているのに、全く改善されていないのだ。転送届を出しているのに、転送しないなんて、やっぱり歯痒い!

第57話につづく

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