第69話
「とんだ災難」

「今週末、食べ物を沢山置いて行けば、ひとりで留守番出来るかしら?」
学校最終日の2日前、ベリンダが僕に訊いてきた。2泊3日の予定でデニーとミシシッピ州に旅行に行くと言う。それまで、何日も僕ひとりだけで、家で過ごしたことはなかったが、勿論勿論、モチロンOKである。こんな嬉しいことはない。誰にも気を遣わず、伸び伸びと一人だけの時間を送れるのだから!ジョージア州都アトランタ地区と言えども、微かに「アトランタ区域」と呼ばれるギリギリのラインに入った郊外の郊外だ。いわば田舎である。リスが出るような環境だ。治安の良い区域だったので、ひとりで数日過ごすことには何の抵抗もなかった。

学校が終わった5月26日(金)の夜から、僕はひとりになった。しばしの「安らぎ」である。手紙を書いたり、電話をしたり、読書をしたり、誰に気兼ねなく好きなことが出来る。が、意外とてんやわんやだった。

27日(土)、ホストがいない開放感もあり、なんとも目覚めのいい朝を迎えた。食事は、用意してくれてあった。と言っても、オーブンでレトルトのハンバーグを焼いてそれをパンに挟んでハンバーガーにするとか、レトルトのものを暖めて食べるとか、簡単なものだ。まぁ、これが日常の食べ物だったのだ。

家の地下には大きな犬が2匹と、小さなマルチーズ犬が1匹いて、僕が餌をあげに行くことになっていた。ドアを開け、階段を下りる足音だけで、犬たちは大興奮している。初対面というわけではないので、一応僕のことを「家の者」だと分かっている。元気、元気、元気である。そこで、僕がシャッターを開けた瞬間、なんとオス犬のシャックが外に逃げ出してしまった!!!すぐに追いかけたが、勿論犬の足に追いつくはずがない。ヒヤリとした・・・が、そのうち戻ってくるだろうと、僕は追うのを諦めて家の中に戻った。

犬に餌をあげたなら、次は僕自身への餌が必要だ。レトルトのハンバーグをオーブンに入れること数分。どんどん煙が立ち込める。煙たい!!台所の窓を全て開ける。と同時に、リーーーン!!!というとてつもなく大きな音が家中に響き渡った。一体何の音?もしや、火災報知機?と思い、廊下の壁にあるそれらしきものを触ってみたが、そこから音が出ていることは分かっても、どうやったら音が消えるのかが分からない。慌ててニューヨーク州にいるノブコに電話する。しかし、僕の家の中を見たわけでもない彼女は、火災報知機の止め方までは知らない。犬は逃げるし、火災報知機は鳴るし・・・半べそをかいているところに、呼び鈴が鳴った。こんな時に誰だ!と、ちょっと怒り気味の面持ちで玄関に出てみると、近所のおばさんだった。横には、さっき逃げた我が家の犬シャックが、おとなしくヘロリと立っている。
「この犬、お宅の犬じゃない?逃げちゃったの?オホホホ!その辺をウロウロしてたから、連れてきたの!」
ホッと一安心。胸を撫で下ろした。かの犬も、逃げた罪悪感からか、抵抗する素振りは一切ない。ついでに、
「この大きな音がさっきから止まないんですけど、どうしたらいいでしょうか?」
と聞いたら、「あら、火災報知機じゃないの?」と言い、止め方が分からないことを告げ、家の中に入ってもらい、止め方を教えてもらった。
「これを押せばいいだけよ」
随分と簡単だった。もう、耳がはちきれんばかりの大音量だったので、一気に静寂になった。
「肉を焼いてるの?その時は、窓を開けなきゃだめネ!」
と言って、おばさんは帰って行った。

ほんの数十分の出来事が、何時間にも感じられた。

そして翌日。昨日の二の舞にはなるまいと、窓を全開にし、レトルトのハンバーグをオーブンに入れた。数分後、火災報知機は立派に作動した。

第70話へ



留学記目次