第62話
「サバナに再び」

4月29日(土)は Earth's day(地球の日)。日本では、みどりの日。因縁めいたものを感じるではないか。僕はこの日に、南ジョージアのサバナに行くことになった。フィリップを含む数人が、オール・ステイトという合唱のコンサートに出るということで、ケネディー先生が誘ってくれたのだ。というのも、僕は出ないのだが、折りしも Cultural heritage(文化遺産)クラブのメンバーたちが、同じ日サバナに旅行することになっていて、それに便乗して僕もサバナまで行き、現地でケネディー先生たちと合流し一緒に帰って来る、という案を出してくれていた。僕は文化遺産クラブのメンバーではないので、彼らと一緒にバスに乗って行けるのか分からなかったのだが、ケネディー先生が話しを付けてくれて、便乗させてもらうことになった。

サバナ。まさかまたあの町に行くことになるとは。ルイスヴィルにいた頃、ミルドレッドの息子と娘に会いに、二度も行った町だ。あれから8ヶ月も経過していた。

コーラスのメンバーたちは早々と現地入りし、僕を含む文化遺産クラブのメンバーは28日(金)の夜、なんとあの黄色いスクールバスでサバナへ出発!これがまたすこぶる座り心地が悪く、寝るに寝られない(寝たけど)。そしてこの文化遺産クラブのメンバーたちのうるささと言ったらなかった!凄まじいくらいの盛り上がり・・・。ちなみに、文化遺産クラブには白人がひとりもいない。なぜか黒人ばかりのクラブであった。

夜中の3時にサバナのホテル(Holiday Inn)に着いた。ほんの数時間睡眠をとっただけで起こされ、午前中の観光には僕も便乗。文化遺産クラブであるので、博物館巡りである。黒人の歴史を辿る博物館なるものもあった。今回引率で来ていたソフィーという女性は、大学でフランス語を専攻したと言い、僕は興味を持って話を聞いた。
「来年のアトランタ・オリンピックでボランティア通訳しない?申し込み用紙をあげるから」
その誘いに僕の心が躍った。アトランタ・オリンピックで戻ってくるのも悪くないかも知れない。しかもボランティア通訳!楽しそうだ。

午後は文化遺産クラブのメンバーたちと別れ、オール・ステイトの会場で、ケネディー先生やフィリップたちと合流。コンサートは随分と長い時間行われていた。フィリップに「どうだった?」と訊かれた。
「良かったよ。皆上手く歌ってた、君以外」
僕たちはよくそんな冗談を言い合っていたが、ありゃ?スベった?どうやら今回は本気にされてしまったようだった。

夕飯はシーフードを食べに行った。随分と混んでいて、かなり待たされた。シーフードの盛り合わせを頼んだのに、なぜか僕の皿にはカニがなかった。フィリップは昨日の夜、「サクラ」という日本食レストランを見つけ、スシを食べようと思ったらしいが、閉まっていたと言った。スシはキライなはずのフィリップが、最近妙にスシにこだわっている。フィリップもプロムに一緒に行く相手が決まり、日本食レストランに行くかも、と言っていた。ダンスパーティーに行く前に、デーティング(dating)と言い、基本的にカップルで(グループでもOK)食事をすることになっているのだ。支払いは、男性側がする。

ホテルに戻り、たまたま部屋の中に僕しかいない時、電話が鳴った。今回一緒にサバナに来ているアメンダからだった。
「私、アメンダよ」
「ああ」
「ブレイクいる?」
「今、ブレイクはいないよ」
「嘘でしょ?私、ブレイクに用事があるのよ、代わってくれない?」
「だからいないってば!」
「いないなんて嘘でしょー?早く代わりなさいよー。用事があるんだから」
「いないってばー!本当に今この部屋にはいないよ」
「あら本当に?おかしいわ。ねぇ、あなたは誰?」
「コウだけど」
「あらコウだったの!!!ごめんなさい!てっきりフィリップかと思ってたわ」
僕とフィリップの声が似てると言われたことがないので、間違えられたことにはビックリしたが、フィリップだと思って、なかなか「ブレイクはいない」ということを信じなかったことに関しては、実にうなずける出来事であった。フィリップはこうやってすぐ疑われるように、よく冗談を言ってからかうのだ。

翌日の朝、フィリップに「昨日のコンサートは良かった?長かった?」と訊かれた。どうやら、昨日の返答のやり直しらしい。こういう時に冗談で返してはいけないのだと反省していた僕は、今度は真面目に感想を述べた。

ビーチへ行った。ランチはビーチにある店で食べた。懐かしい・・・このビーチ、ミルドレッドたちと来たところだ。あの時、5人で肩を組んで写真を撮ったのだ。オジーとミルドレッドと一緒に撮った唯一の写真。その写真に写っている僕の顔は、いささか暗い。

ランチを食べた後は、車(バン)に乗り帰路へ。とても短かったが、ニューヨーク以来のコーラスメンバーたちとの旅行で、僕は随分楽しい思いをしていた。よく喋り、よく笑った。バンの中では、フィリップとの争いが絶えず続いた。隣に座るからなのだが。水を掛けられ、掛け返した。行き道を塞いで足を蹴られた。枕を取り上げたら叱られた。ウォークマンで音楽を聴き出すと、イヤホンを外された。「コウも日本もバカ(stupid)だ」と暴言を吐かれた。云々。周りは子供のような争いに呆れていたに違いない。ちなみに、僕の“ご自慢の”日本製ウォークマンは、当時アメリカでは出回っていない超薄型だったので、20年も前の型のすこぶるでかいウォークマンを今だに使っているアメリカ人たちには感動モノだったらしく、フィリップが僕のウォークマンを取り上げ、皆に見せていた。僕は段々争いごとにも疲れ、眠りに入った。ふと目が覚めると、皆が大笑いしている。どうやら、ガックン・ガックン揺れながら寝ているものだから、落ちそうになっていたらしい。いつものことなのに。

7時頃、家の近くまで来たので、車に付いている電話で家に掛けてみたのだが、誰も出ない。ショニーズまで迎えに来てくれる約束だったのだが、忘れているのだろうか?全てを知っているケネディー先生は、ベリンダの忘れっぽさは重々理解していたので、留守電を残しておくようにと僕に言った。7時20分にショニーズで待ってます、とメッセージを入れたのだが、7時40分になっても現れず、やはり僕は忘れ去られているだろうと思い、ケネディー先生もそう疑わず、皆を待たせるわけにもいかないので、結局、キャス高校まで行き、そこからフィリップに家まで送ってもらった。すると、ホストは家にいて、開口一番叱られてしまった。どうやら、僕がキャス高校に向かっている間に、ホストは僕を探していたらしい。

この日、家族皆で Six Flags(遊園地)に行っていたようだった。
「日本人に会ったわ。あ、それから、あなたの引き出し開けて、シーズン・パス借りていったから」
ベリンダが言った。事後報告かい・・・。シーズン・パスとは、年間パスポートのようなもので、これを持っていれば自由に出入りが出来る。写真付きのカードなのに、一体どのようにして利用したのだろう?

第63話へ



留学記目次