第59話
「笑って済ませよう」

カーネギー・ホール・コンサートのカセットテープが届いた。ウォークマンで聴いていると、涙が出そうになるくらい感動する。あの時の感動も蘇るし、本当にいい曲ばかりで何度聴いていても飽きない。

学校ではニューヨークに行った生徒たちが学校新聞や町の新聞に掲載されるということで、写真撮影をしたりインタビューを受けたりした。写真撮影で皆が集まった時、サル顔ウェスリーが「コウは日本人だからやっぱり柔道が得意なんだろ?」と言って来たので、僕は柔道の構えを一瞬やっただけなのに、相手はすこぶるビビリ、「うわっ、やめろ!」と叫んだ。本当は柔道などさっぱり出来ないのに。それなりの構え方で、相手の服を掴もうとしただけでビビる人が多いことに気付き、僕はほくそ笑んでしまった。

僕は相変わらずニューヨークに想いを馳せる日々。対するデニーとベリンダはご機嫌斜め週間に突入。ダラスの成績が悪く、二人共カンカンになっていた。まったくもう・・・。次の日は、家の前でスクールバスを降りたら、たまたまベリンダがいて、僕がハローと言ったのに被せて「(郵便受けから)郵便物取ってきて!」と投げやりに叫んでいたが、全く聞こえず、3回目でやっと理解した。家の中に入れば、デニーが庭でチキングリルを作っていたので、僕が「ハイ!デニー」と挨拶したのに、目も合わせず「ハイ」と返してきたので、ちょっとムッときた。まったく、この家の人たちは!

夜、ベリンダは大学へ、デニーはボールゲームに行って僕はひとり留守番をしていたら、メキシコ人留学生フォネイドが電話をかけてきた。勿論、彼のエリアレップであるベリンダに用事があってのことだったが、生憎ベリンダは留守なので、僕たちは少し話をした。フォネイドは僕と同じ6月9日に帰国すると聞いていたが、実際は6月10日に帰るそう。
「どうせ7月1日までここに居たところで英語の上達にもならないしね。早く帰りたいよ。周りにいい人もいないからヒマで仕方ない。遊びに行く時は誘ってくれよ」と、フォネイド。
「ホストファミリーが Six Flags に行くと行ってたから、その時には誘うよ」
僕はそう言ったが、結局実現しなかった。

気が付けば4月も下旬に突入しようとしていた。帰国が近づいているというのに、今週末は何も予定なし。アレレ・・・。しかも金曜日の夜は、僕に何も告げずにホストたちは家を出て行き、ボールゲームにでも行ったのかと思い、9時頃、仕方なしに僕はひとりでチキンを食べているところに帰って来た。皆はもう食事を済ませたとか。え・・・。家族水入らずってコト?!何それ!

土曜日は嵐だった。僕とベリンダはスーパーに行ったついでに、現像に出していた写真を受け取りに写真屋に寄ったら、まだ出来上がっていなかった。ベリンダは、火曜日に出した分も出来ていないなんてどういうこと!と怒りまくり、「今日ひとつ現像に出そうと思ってフィルムを持ってきたけど、他のところに出すわ!」とプンプンしていた。僕も相変わらず“This country sux(=sucks イヤな国だ)・・・”と心の中で(アメリカに対して)悪態をついていた。渡米前に観た『ミスター・ベースボール』というアメリカ映画には、アメリカの野球選手たちが日本にやってきて、その文化の違いに戸惑ったりする場面が多々あるのだが、主人公のアメリカ男が日本のことを「イヤな国だ」という意味で“sux”という俗語を用いていたのを、僕はそっくりそのまま心の中で返してやった。

もうすぐプロム(卒業パーティー)なのに、僕の相手はまだ決まっていなかった。もうどうでもいいと僕自身は思っていたのだが、周りの方が必死で、バートン先生は勿論のこと、ベリンダまでもが「絶対に参加すべき!」と強く勧めてくる。もしかしたら、ベリンダの友達ティーナか、ティーナの妹と行くことになるかも知れなかった。ベリンダが「聞いておくわ」と言っていた。

ベリンダが担当しているクロアチア人留学生ボヤンは、今年の9月からジョージアの大学に入学するとのことで、ベリンダは僕にもそうしろと勧めてきた。
「それで家にまたホームステイすればいいじゃない!ネッ、いい考えじゃない?」
僕はそれを聞いてゾッとしてしまった・・・。確かに、その気持ちは嬉しいと思ったが、ホームステイは懲り懲りだった。しかも、アメリカの大学に進む気などさらさらないし、例えそうしたとしても、一人暮らしを選ぶだろう。ベリンダは、僕の帰国が近づいてくるにつれ、寂しそうな顔をした。

翌日(月曜日)、コーラスの授業が終わった後で、ケネディー先生が「今日はロームに行かなくちゃならないから、ピアノ練習させてあげられない。来週は必ず、何度でも!」と言ってきた。必要以上に僕は落胆してしまった。そう、こんなやりとりはケネディー先生のみならず、留学中何度あったことか。何度でも、だなんて。もう誰も信用しない、何も期待しない、ぬか喜びに終わりたくない。などとフテくされていたら、急に孤独を感じ、日本に帰りたいと思った。あと1ヶ月ちょっとで帰国なのに。

第60話へ



留学記目次