第34話
「ベビーシッター」

12月17日(土)、この日もケネディー先生に誘われて、クリスマス・パーティーに出かけた。ホストファミリーと一緒にどこかに行く時や、ホストの友人たちと会う時などは、僕の口は貝のように閉ざされてしまうが、それ以外の場所では、僕は結構喋っていた。このパーティーに来ていた、医者をしている中年男性が、僕の留学生活について訊ねてきた。この町に来る前はルイスヴィルにいたことを話すと、やはり驚かれてしまった。「私も以前、留学生を受け入れていたことがあるが」と前置きをし、
「私には黒人の友達もいるし、彼らのことは好きだけど、黒人には黒人独特の文化があるから、同じコミュニティーで暮らすことは不可能だ。私には出来ない。だから、日本人の君が黒人のコミュニティーで、黒人のホストファミリーと共に暮らすことは困難であっただろう」
と言われた。誰に話しても、「差別意識はないが」と前置きをして、「黒人とは暮らせない」と言い、異口同音に日本人と黒人が一緒にやっていけるはずがないと言った。幼かった僕は、それを立体的に捉えることはまだ出来ていなかった。

翌日は、デニーとベリンダの両親が家にやってきた。朝8時半に子供たちに起こされ、リビングに行くと、物凄い数のプレゼントが置いてあった。デニーとベリンダがそれぞれに手渡してくれた。僕は、ジーンズ、セーター、アトランタ・オリンピックのトレーナー、靴下、ローラーブレード、財布、ポーチをクリスマスプレゼントとして頂いた。

夜、本当はデニーの両親宅でクリスマス・パーティーがあったのだが、その話を聞く以前に、ケネディー先生の友人エドから誘われていたので、デニーの両親宅には行かず、エドたちと出かけた。ベリンダはこういうことに関して、僕の主張(希望)を全面的に受け入れてくれていた。エドやドイツ人留学生のラフィエルたちと、アトランタの教会にコンサートを聴きに行った。TRUTHという男3人、女3人のコーラスグループで歌声が素晴らしかった。僕の好きなクリスマスソング「オー・ホリーナイト」も聴けて満足だった。

12月21日(水)からはクリスマス休みに入った。子供たちも休みに入っているので、僕は当然の如く、ベビーシッターにならざるを得ない状況だった。ダラス、トレイ、トリー、3人のわんぱくの面倒を見るのは容易なことではない。しかも、一日中、彼らに付き合って遊んでいるわけにもいかない。そもそも、僕は子供との接し方(遊び方)がよく分からないのだ。僕が注意しても、簡単に言うことなど聞かない。7歳のダラスは普段、ベリンダに怯えているが、ベリンダの居る時と居ない時では態度が違う。6歳のトレイは甘えん坊で、ダラスとは違う意味で母親であるベリンダのことは(怒ると)コワイと思っているので、「ベリンダに言いつけるぞ!」と言うと、言うことを聞く。4歳のトリーはダダをこねるわがまま娘。してはいけないことをやろうとして、僕が注意をしたら、ある時は「そんなこと言うなら、ママにあなたを家(日本)に帰すように言うから!」と、とんでもない口を利いたことがあった。ダラスが「トリーの言うことは聞かなくていい。気にしないで」と僕に言ったが、僕がショックだったのは「send home(家に帰す)」という言葉が出てきたことだ。これはきっとベリンダが言っているからに違いなかった。

この日、ダラスとトレイはふざけ合って、トイレの電気を壊した。そして、夕方にはローラーブレードで遊ぶと言って、外に出たのだが、僕は付いて行かなかった。家の周りで遊ぶだろうと思っていたのだ。ところが、2人は少し離れたところまで行ったらしく、運が悪いことに、ベリンダの帰宅途中、鉢合わせをしてしまったらしい。ベリンダが家に帰って来て、まずトイレの電気が壊れているのを見つけ、例の如く怒り出した。ダラスが状況を説明しても、
「あんたなんか信じない!」
と、何度も言い返していた。そして次の矛先は僕に向かった。
「コウ、私あなたにとっても腹が立ってるわ!」
ヒヤリとした。
「あなたは自分の部屋にいちゃいけない。子供たちが何処にいるのか、いつも把握しておかなきゃダメじゃない!あんな遠くまでローラーブレードをしに行っちゃ危険でしょう!」
物凄い剣幕でまくしたてられたが、少し時間が過ぎ、平常心に戻ったベリンダは、僕の頭に手を置き「私の子供たちを、もっとよく面倒みてね」とウィンクしながら言ってきた。ベリンダはいつも、感情に任せてひとしきり言いたいことを言った後、いつも穏やかな口調で僕を慰めるのだった。しかし、僕はどうも家のお手伝いさんのような気分が拭えなかった。
「子供たちがキッチンのテーブルを汚したら、あなたが片付けなさい!」
と以前言われたことがあったが、それを聞いていたのかダラスは、この日も、
「コウ、この汚れを綺麗にしておいて!」
と命令口調で言ってきた。

留学生が出来るアルバイトは小額を受け取るベビーシッターのみである。勿論僕は、お金は受け取っていない。だが、いつもベビーシッターばかりさせられていたという留学生のホストチェンジ希望が認められたように、僕自身、ベビーシッターをしなければならないことが疑問のひとつでもあった。ESLのバートン先生が言った。
「あなた家でベビーシッターしてるの?お金は貰ってる?貰ってないの?!あらまぁ・・・。普通、ベビーシッターしたらお金は貰えるのよ。タダ働きなのね。おかしいわ」
僕は別にお金が欲しいとは思わなかったし、無償で家に置いてもらってる身として、家族の手伝いと言えばそれまでだが、子供の扱いが苦手な僕にとってベビーシッターは苦痛だった。

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