第32話
「クリスマス・コンサート」

12月15日に行われる学校でのクリスマス・コンサートに向けて、コーラスの授業では猛練習が続いていた。僕は僕で、家にピアノがない為、朝授業が始まるまで音楽室で練習し、放課後はケネディー先生宅、もしくはベリンダの大学で練習をしていた。コンサート2日前の授業中、先生がいきなり、
「“きよしこの夜”を日本語で歌ったらどうかな?コンサートの最後に歌ったらいいんじゃないかと思うよ。コウが最初に日本語で歌い、その後皆で英語で歌う。どう?」
と提案してきた。人前で歌うなんて経験がなかったので、どぎまぎしたが、いい思い出になると思い承諾した。このコンサートは地元のケーブルテレビでも放送されるとのことだった。

コンサート当日、デニー、ベリンダ、ダラス、トリー、皆で観に来てくれた。僕は歌には参加せず、たった4曲のピアノ伴奏をするのみで、他の曲の間はケネディー先生の横に座り、譜面めくりをしていた。クリスマス・ソングを中心に、途中歌の上手い生徒のソロ曲も交えながら、コンサートは順調に進んでいった。ソロで歌った女の子は途中歌詞を忘れたのか歌えなくなり、泣き出してしまった。切ない思い出があるのかなと僕は思っていた。コンサート終了後、ベリンダがその女の子を抱きしめ、「私の初ステージの時もそうだったわ」と言って慰めていた(ベリンダは学生時代、コーラスで歌っていたらしい)。後に知ったことだが、歌詞を忘れて歌えなくなったのではなく、喉の病気にかかっていたとのことだった。ドクターストップもかかり、結局その女の子の歌っている姿を、僕はその後見ることはなかった。

さて、僕のピアノ伴奏はいつも通り上手くいったが、最後の曲に差し掛かり、ケネディー先生の横にいた僕は、自分が伴奏する為に席を代わろうとしたにも関わらず、なんと先生が弾き出してしまったではないか!!!僕が弾く曲なのに!!!唖然としていた僕の横で、先生がすぐに気付き、ピアノを弾きながら「ああ!!!」という顔をした。途中で止めるわけにもいかず、僕は譜面めくりの役を続けた。

そして最後の最後!「きよしこの夜」をひとりで歌う時がやってきた。ド緊張しながら、なんとか震えを抑え、歌い切った。全てが終わった時、メンバーと客席からは大きな拍手が沸き起こった。その拍手というものに僕は初めて感激し、思い返せばアメリカに来て初めて“アメリカのいいところをようやく発見!”したように思えた。

ソロで歌ったフィリップが「You did a good job!(頑張ったね)」と言いながら、握手を求めてきた。学校でよく見かけていたが、同じ授業はひとつも履修しておらず、初めて話した。このフィリップとこれから仲良くなるとはその時点では思いもしなかった。

ステージを降りると、ベリンダが「良かったわぁ〜!あなたを誇りに思うわ」と言って抱きしめてくれた。ベリンダにも協力してもらって、この日を迎えられたのだ。

この日のコンサートは後にケーブルテレビで放送され、更に、地元のニュースでは「日本人留学生が“きよしこの夜”を日本語で歌った」と、僕が歌っている姿の映像付きで報道された。そのことを僕は知らなかった。放送があったの翌日、学校であらゆる人たちに(知らない人たちにも)「テレビに出てたよ」「日本語で歌ってたね、良かったよ!」と声をかけられた。始めは何のことか分からず、「何のこと?何のテレビ?」と訊いた。
「知らなかったの?昨日、君が歌っている姿がニュースに出てたよ」
授業で一緒の顔見知りの人は、友達を連れて、「彼だよ、日本人留学生のコウ」と僕を紹介した。紹介された人は、
「一度話してみたかったんだ!」
と興奮の面持ちで言った。ちょっとしたスター気取りだった。

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