第23話
「外出」

学校では話しかけられることも多く、廊下ですれ違えば挨拶を交わす人も多かったので、友達が沢山出来たと思っていたが、気がつけば週末一緒に遊べるような友達はおらず、それどころかこれといって仲のいい人もいなかった。留学前に熟読していた留学本の体験談を思い出した。
「Hi!と挨拶する人は多いのに、週末出かける友達はゼロ。そこで私は思い切って、自分から話しかけてみることにしました」
そうだ、自分から積極的にいかなくては・・・。でも、普通は段々親しくなり、その流れで「じゃあ今度の週末に」となるのが自然である。僕の場合、いきなりなのだ。とはいえ、毎週末家にいるのはイヤだった。とにかく週末は友達と出かけたかった。留学前のオリエンテーションでは、ホストファミリーを優先するよう指導されていた。例え友達との先約があったとしても、その後でホストファミリーに予定を告げられたら、友達との約束を断ってでも、ホストファミリーを優先しなければならない。1年間の交換留学におけるトラブルで一番多いのがホームステイ。ホストファミリーの言うことを聞かず、自分勝手に出かけていた結果、帰宅したら荷物を全部出され「出て行きなさい」と言われて、強制送還させられたという話もあった。それで、とにかくホストファミリーを優先させるようにと口を酸っぱくして言われていたのだ。ところが、ベリンダは僕の自由を尊重してくれていた。
「あなたの好きなようにやりなさいね。もし友達との約束があって、その後に私たちが何か予定を立てたとしても、友達を優先しなさい。気を遣うことないんだからね。出かけたい時は自由に出かけなさい」
僕が帰国するまで、ベリンダはこの言葉を守り通してくれた。ハナー家のように、僕が友達と出かけると言えば、それが誰なのか学校までチェックしに来るような煩わしさは一切なかった。

挨拶友達は多くとも、あれこれ語り合う友達もまだおらず、いきなり「週末遊びに行こう」と切り出すのにもためらいがあった。そこで僕は、いつも面白がって僕にちょっかいを出してくるエイヴィエットに打診してみることにした。生徒にも先生にも「変わり者」と評判のエイヴィエットだが、変わり者だけに視点を変えれば面白い。気も遣わない。だがそれだけに、腹が立てば際限ない。とはいえ、背に腹は変えられない。とにかく家で暇を持て余す週末はイヤなのだから。エイヴィエットに「Six Flags(遊園地)に行こうよ」と提案すると、最初はOKと言っていたのに、前日になって「お金がないから行けないかも」と言い出した。そして翌日は12時になっても現れず、電話もくれず、やきもきしていた僕は12時半頃に電話をかけた。
「やっぱり行けない。家に泊まりにくれば?」
なんであんたの家に泊まりに行かねばならんの?行きません。とは言わなかったが、お断り申した。
「じゃあ明日、アトランタにある教会に行く日なんだけど一緒に行く?日本人の友達にも会うし」
家で暇を持て余しているよりはだいぶマシだと思い、一緒に行くことにした。

その夜、ニューヨーク州の田舎村に留学している友人Nと3時間も電話をした。電話代を気にして30分ずつ交代で掛け直す。僕たちの、この長電話は1年間続いた。毎月、電話代に怯える日々だったが、僕たちにとっては一番のストレス発散法だった。数日に一回の長電話の他に、毎週一回は手紙を書くという、恋人同士よりも蜜な連絡の取り合い様だった。

Nと、クリスマスにコロラドに行こうという話になった。僕たちは留学開始前の夏、クラスメイト全員でコロラドで語学研修をしていたので、現地にはホストファミリーもいて宿泊の問題はない。それに、コロラドに留学しているクラスメイトも2人いるし、僕たちの高校のアドバイザーをしている人もいる。要は知り合いが多くいたのだ。折りしも、デニーとベリンダもクリスマスはコロラドでスキーをすることになっていたので、ちょうどいい。12月25日に出発し、1月1日に帰ってくるというスケジュールになった。

翌朝9時に、エイヴィエットは車で迎えに来た。アトランタにある教会に行ったのだが、キリスト教徒でない僕には、ルイスヴィルの時と同じように退屈で、その後のディスカッションでも僕は居眠りをしてしまった。夕方6時半に日本食レストラン「KOBE STEAKS」へ。エイヴィエットの友人ベッキーと、ベッキーの友人である日本人留学生2人が来ることになっていた。随分と長い間待っていたが、結局ベッキーしか来なかった。日本人2人は約束を忘れているみたい、とベッキーが言った。引っ越して来てから二度目のジャパニーズ・ステーキ・ハウス。量も多く大満足だった!これが本当の日本食とは言えないかも知れないが、それでもやはり味がニッポンである。

「卒業後はアトランタにあるジョージア州立大学に行きたい。多くの留学生は、ロサンゼルス、ニューヨーク、マイアミなどの大学に行くけど、アトランタがベストだよ。だから、君はこのアトランタに住むことが出来てラッキーだね!」
と、エイヴィエットは言っていたが、郷土愛からくる発言、としか僕は受け止めていなかった。

夜10時頃に帰宅すると、ベリンダが僕の部屋に来て興奮気味に話した。
「コロラドの、あなたのホストファミリーから電話が来たわよ!あなたがクリスマスに来ると知ってエキサイトしてた!それから、チケット一緒に買っておくわね。306ドル。日程は12月25日発で1月4日着。学校が始まるのは3日からよね?だったら、2日間休みなさい」
旅行で学校を休むなどという経験がなかったので、その大胆さに驚いた。ベリンダは昨日宝くじを買ったら850ドルも当たったとかで機嫌が良かった。・・・850ドルって、約8万5千円??本当に???まさか、8ドル50セント(約850円)の間違いじゃないよね?

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