第18話
「意外な事実」

前編

学校に行かなくなって一週間が経とうとしていた。僕はベリンダがホストファミリーを見つけてくれるまで、学校にも行けないのだった。昨日も今日も何もすることがなく、それは明日も同じだった。一人で出かけることすら出来ない。新鮮でウキウキしているのは初日だけだ。ダブリンでも、ここアクワースでも学校に行くわけでもなく、とにかくすることがない。ましてや自分の家ではなく仮の住まいなのだ。テレビを観ても全部英語なので飽きてくる。しかしテレビ番組欄を観ると、朝、少しだけだが日本の番組を放送しているようだ。ニュース番組(スーパータイム)、クレヨンしんちゃん、新婚さんいらっしゃい。ほんのわずかだが、それでも貴重だ。さすがアトランタ地区だ!僕は嬉しくなった。もっとも、ニューヨークやロサンゼルスであれば日本語専門チャンネルもあるが、そこまでは望まない。

10月1日(土)はアクワースに来て初めての週末だった。やっとこさ、ひとまず暇からは解消される。ベリンダの友達ケリーがアトランタの美術館に連れて行ってくれるというのだ。ケリーの家にはメキシコ人留学生フォネイドがホームステイをしていて、ベリンダはフォネイドのエリアレップだった。ケリーに会う前、僕とベリンダは髪を切りに行った。待っている間、ベリンダが、
「私たちはクリスマスにコロラドのデンバーに行くから、その間、あなたはケリーの家に預かってもらうことにするからね」
と言う。クリスマス?・・・ということは、僕はずっとベリンダの家にいられるということ?それを知って、僕は心底嬉しかった。この家でなら、楽しくやれそうだ。何しろ、若い夫婦だし、ルイスヴィルの時とはまるで違う。数日間はベリンダの家にいて、それから別の家に行くことになると思っていたので、すんなりベリンダが僕のホストファミリーに決まったことに安堵した。

ベリンダは用事があるということで、僕をケリーに引き渡して去って行った。僕たちはまず美術館に行き、その後、アトランタ市内をドライブした。アトランタが舞台となった「風と共に去りぬ」の作者マーガレット・ミッチェルの生家がアトランタにあるのだが、それが先週ホームレスによって焼かれてしまったと言う。アトランタには、黒人だけが住む町があり、黒人だけの大学もある。ケリーのご主人リチャードが説明してくれた。ダウンタウンに住むのはほとんどが黒人。昔は白人も多かったらしいが、郊外に住む黒人が中心街に多く住むようになり、それを嫌がった白人は一斉に郊外に引っ越した。確かに、ホスト宅の周辺に黒人は見当たらない。白人と黒人が一緒に住むコミュニティーは(僕の印象では)見当たらず、郊外でも白人地域は整備され綺麗だが、黒人地域はやはりどこか寂しげな感じだった。ここはどうも、人種問題を多く抱えているようだった。

RICH'S(デパート)で夕飯を食べている時、リチャードとケリーから気にかかることを聞かされた。
「ロレインはPIEをクビになった」
本人はそんなこと一言も言っていなかったが、それは事実なのだろうか?そしてそれはなぜなのだろう?更に、ベリンダの家には1月に他の留学生がホームステイをすることになっていると言う。
「だから、あなたはそれまでしかベリンダ宅にはいられないと思うよ」
そんなこともベリンダからは告げられていない。一体どうなっているのだろう?
「1月までベリンダたちと一緒に過ごして、ここの文化を知って、その後とてもいいファミリーのところに行くだろうから大丈夫でしょう」
と言われたが、何となく不安だった。出来るなら帰国する6月までここに居たいと思うのに。

とはいえ今日はとてもいい日だった。久しぶりに暇ではない、楽しい一日だった。リチャードもケリーもいい人たちで、僕が英語を理解出来なくても理解するまで詳しく説明してくれた。僕の新しいホストファーザーとなったデニーは、僕が理解出来ないと何となく嫌がっているように感じる。ミルドレッドと同じように・・・。

翌日、10月2日(日)、ベリンダの実家に行くということで、起きてすぐに車に乗った。隣のアラバマ州まで車で2時間。ベリンダは話し好きで、退屈することはない。実家に着くと、ベリンダのご両親と、ベリンダの息子トレイ(5歳)と娘トリー(4歳)がいた。おじいちゃんおばあちゃんと暮らしているのではなく、たまたまこの週末、遊びに来ているとのことだった。トレイは僕と同じ誕生日で、更には5歳でありながら私立の小学校に通っているので(飛び級して)今2年生なのだと言う。2人を連れて帰るのかと思いきや、まだ2人はアラバマに残るとのことだった。

帰りの車の中で、僕は意外な事実を知った。デニーとベリンダは再婚同士で、トレイもトリーもデニーの子供ではないのだそう。トレイは父親(ベリンダの前夫)と一緒にアラバマで暮らしており、トリーはデニーとベリンダの元で暮らしている。更に、デニーの連れ子ダラスという7歳の息子(小学校1年)も一緒に暮らしていて、この週末は母親(デニーの前妻)と居ると言う。この子供たち3人は、2週間に一度、それぞれの親の元で過ごすのだそうだ。そういえば、ジュリアナの前のホストファミリー宅も再婚同士で連れ子がいたと言っていた。ホストマザーは旦那の連れ子が嫌いで、ベルトで殴っていた・・・。このアメリカ社会でこういう再婚同士に連れ子、という家族は珍しくもないのだろうと思った。

しかし、待てよ。ジュリアナはアトランタの郊外にいたと言っていた。若い夫婦で、連れ子がいて・・・。ベリンダはジュリアナのことをよく知っている。それは、ベリンダがジュリアナのエリアレップだから・・・僕はずっとそう思っていた。でもそれは僕のただの思い込みで、まさか、デニーとベリンダの家にジュリアナがホームステイしていたのだろうか?ふとそんな疑問が沸き起こった。胸騒ぎがした。隣で運転しているベリンダは明るくて、決して幼い子供をベルトで叩くような人には見えない。ジュリアナが話していたことが様々と蘇ってくる。学校から帰ってくると鍵がかけられていて、家の中に入れなかった・・・夜は夫婦の営みの声がうるさかった・・・。そして、ベリンダは、ジュリアナのことを、よく、知っている。

・・・まさか?

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