第16話
「再びルイスヴィルへ」

その日は急いでルイスヴィルに行かなくてはならなかった。銀行口座を閉める手続きと、学校での手続きが残っていたのだ。僕はダブリンにはいられない、というショックを引きずったまま、ロレインとルイスヴィルに向かった。車の中で詳しい事情を聞き出さなければ。
「本当にごめんなさいね。あなたのホストファミリーが見つかるまでは引っ越さないつもりだったし、いいホストファミリーを見つけると約束したのに。実は、前々から私と彼の関係は終わっていたのよ。原因は子供。私と、彼の息子ジョナサンとはうまくいかなかったのよ。引っ越しはもう少し後の予定だったのだけど、急に私たちが出て行かなければならないことになって」
ロレインとジョナサンがうまくいっていないことは、ジョナサン自身も話していた。
「ロレインは僕のことを嫌いなんだ」
確かに、もう関係は終わっている彼の家で暮らすことも、トラブルの原因であるジョナサンと暮らすことも苦痛であるには違いないことだろう。
「でも大丈夫よ、あなたは明日、ベリンダというエリアレップのところにとりあえず行くことになるの。彼女はアトランタに住んでいて、沢山のいいファミリーを知ってるから心配しないで。それに、私はあなたが本当にいい生徒だということ、きちんと分かってるし、きっといいホストファミリーが見つかるはずよ」
それを聞いて、さっきまでの憂さは跡形もなく消えた!アトランタに行く?アトランタに住める?そんなことがあるだろうか!!!嬉しい!!!交換留学は大抵田舎町に住むことになるのに、都会で暮らせるなんて!!!夢のようだった。嬉しくて嬉しくてたまらなかった。・・・僕って調子がいい。

2日ぶりにルイスヴィルに戻って来た。たったの2日ぶりだというのに、何となく懐かしい。もう自分の町ではない、他人の町、と思うと、そんな懐かしさがこみ上げてくるのだった。まずは銀行へ。名前を告げると、銀行員が言った。
「ああ、あなたね。口座を閉めるんですよね」
僕が言う前からそのことを知っていた。ロレインは「なんで知ってるんだろう」と不思議そうな顔で言ったが、問答無用である。学校に行っても、もう既に僕の転校に関することは知られていた。僕はそれぞれのクラスを回り、先生に点数を貰った。最後にヤンのところに挨拶に行った。ヤンは韓国人で学校の事務をしている女性だった。
「本当に残念だわ・・・皆も寂しがると思うよ。皆、君のこと好きなんだから。君はいい人だから。それに私も寂しい・・・だって隣国同士だものね。近くに来たら寄ってね。もっと長くいてほしかったわ」
僕の担当カウンセラーだったハートリーをはじめ、先生方は妙に素っ気無かったのと対照的に、ヤンはとても感傷的になっていた。僕は、先生方の素っ気無さが気になった。ミルドレッドがまた有りもしないことを言い回ったのだろうか?僕はヤンに言った。
「ヤン、僕の問題知ってる?」
「知らないわ、何なの?」
「今回のホストチェンジは、ホストマザーが原因だった」
「まぁ、なんてこと・・・」

帰りの車の中で、ロレインは怒っていた。
「信じられない!!!ミルドレッドったら、余計なことして!!!本当に彼女は意地悪なんだわ!」
「きっとハッピーなんだよ、僕がいなくなったから」
「たぶんね・・・」
「僕もハッピーだから!」
「OK!ハハハ!!!」
二人で笑った。

僕が明日アトランタに行くことを知ったジョナサンは、その夜、僕を説得にかかった。
「もし君が良ければ、この家に住まないか?ロレインたちが出て行けば、僕とパパの2人だけになるから、この小さな家でも充分に暮らせるはずだ」
ありがたい申し出だったが、申し訳ないことに僕の心はもうダブリンにはなかった。心は、ア・ト・ラ・ン・タ!昨日の僕と今日の僕は違う人になっていたのだ。それにこんな狭い家に男3人で暮らすというのは、随分と不自由しそうだ。第一食事は誰が作るのか?
「ありがとう、ジョナサン。そう言ってくれるのは嬉しいけれど、僕はアトランタに行きたい」
率直に答えた。
「アトランタは都会。確かに魅力的な街。でも、あそこは危険な町なんだよ。犯罪も多いんだ。とても多い。それに比べ、ここダブリンは田舎町で、そんな危険もない。緑も多くある」
意外にも、僕は一瞬その言葉に動揺した。もしアトランタで危険な目に遭った時、きっと「あの時やっぱりダブリンに残っていればよかった」と思うかも知れない。でも、もしこのままダブリンに残ったら、絶対に後悔するだろう。どこにいたって、危険な目に遭う時は遭うものだ。やっぱり僕はアトランタに行きたい。都会に憧れていたのだ。
「ごめん、それでも僕はアトランタに行きたい」
「分かった。残念だけど・・・」
ジョナサンには悪いと思ったが、僕の心はそれまでにないほど躍っていて、アトランタのことを思うだけで幸せな気持ちになった。眠りにつく前、本当に本当に幸せだと思った。いよいよ明日からアトランタでの生活が始まるだと思うと、ワクワクしてたまらなかった。

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