第10話
「悪口」

ちょうど1ヶ月が経った。9月17日(土)は、もう4度目の週末だった。朝11時頃に目が覚めて、音楽を聴きながら着替えていたらドアをノックされ、ミルドレッドに何か言われたが聞き取れなかった。ただ「phone call(フォン・コール)」というのは聞き取れた。「What?(何?)」と聞き返したが、何も答えてはくれなかった。部屋を出ると、僕に電話がきたわけでも、ミルドレッドが電話しているわけでもなかった。謎は謎のまま終わる。

翌日は10時半に起き、僕は台所にあったチキンをひとりで食べた。するとミルドレッドに「チキンは朝食ではない」と一言言われた。じゃあどうする、という次の言葉はいつもないのだ。

出かける場所も、一緒に出かける相手もおらず、僕はひとりで家にいるしかなかった。いつものようにダイニング・ルームにあるテーブルで宿題をしたり、手紙を書いたり、はたまたいろんな楽しい妄想に耽っているしか、することはなかったのだ。夕方5時前、突然オジーに「行くよ」と言われ、「どこに?」と訊いたら、マーサローズが教会で演奏をすると言う。でも僕は事前にそんなこと聞いておらず、宿題もまだ終わっていなかったので、行かないと言ったら、オジーはミルドレッドに確認しに行った。やはり行けという。
「昨日は11時、今日は10時半に起きて・・・云々」
ブツブツ言い始め、文句が止まらなくなっていた。オジーが「さあ行こう」と僕に言った。するとミルドレッドは、
「別に行かなくていい。行かなくたって誰も気にしない」
と言ったかと思いきや、次の瞬間には、
「宿題持っていけばいいじゃない。誰も気にしない」
と言う。本気でそんなことを言っているのだろうか?教会に宿題を持って行って、勉強してる人を見て誰も気にしないというのだろうか?結局宿題は帰ってからすることにして、僕は二人と出掛けた。教会にはマーサローズの奥さんショーテインもいた。マーサローズも奥さんもとてもいい人たちだ。ミルドレッドは、ショーテインにこっそり耳元で、
「彼は宿題があんのよ」
と言っているのが聞こえた。明らかに悪口を言っているのが分かった。でも、ショーテインはそんな悪口に喜んで乗るような人ではない。珍しく無表情のまま、無言だった。

帰宅後、僕は宿題に取り掛かった。なかなか終えられず、結局ベッドに入ったのは夜中の2時20分になってしまった。こんな遅くに寝ては、明日の朝起きられるかどうか不安だ。その時ふと、僕のベッドの棚にしまってある、あのチクチクうるさい目覚まし時計を思い出した。こういう時こそ、あれを使うべきだ!そう思い、枕元の上の棚を開けたら・・・なんとしまってあったはずの目覚まし時計がない!!!ミルドレッドが持って行ったのだ。まぁ、僕の時計ではないから持って行くのはいいにしても、また勝手に人の部屋に入って何もかもチェックしているミルドレッドへの嫌悪感が甦ってしまった。

夜遅くまで語り合ったあの夜から、まだ1週間も経っていなかった。

僕は時間があれば、放課後はマーサローズのピアノ教室に顔を出していた。マーサローズがひとりをレッスンしている間、僕がもうひとりを電子ピアノでヘッドホンを使ってレッスンした。小生意気な子供もいて、そこは違うよと注意すると睨みつけてくるような子供もいるのだ。練習も何もしないくせに、態度ばかりはデカイ。すると、たまたまそれを見ていたマーサローズはすかさず定規でその子の頭を叩き、子供は泣き出した。そんな子に当たると僕もイラついたが、それでも教えることは楽しくて、いい気分転換になった。僕はマーサローズの明るい性格と、ショーテインの優しい性格が大好きだった。少なくとも二人は心の支えになっていた。

第11話へ



留学記目次