第9話
「コピー機」

ミルドレッドのことは誤解だと思った日から3日後、その日の夜はオジーもミルドレッドも出かけるということで僕は留守番をすることになった。夕食を作っていないからと言って、「ピザを買うから8ドルよこせ」と言う。なぜ、お金を払わなくてはいけないのか?僕は納得がいかず、それは拒否した。すると、冷凍していた、まずいスパゲティーが出てきた。

小さな部屋に、タイプライターと小さなコピー機があった。タイプは僕が使ってから、ミルドレッドの部屋に移動されていた。コピー機はたまに使わせてもらっていたのだが、ある時、なぜか故障していた。修理屋を呼ぶと言っていたのだが、その日、2人が出かけてから、自分で直せるような気がして、いろいろと試してみたら、使えなかった原因は意外と単純で、すぐに直った。僕はその時、とてつもなく嬉しかった。きっとミルドレッドはすごく喜んでくれるだろう、そして僕もまた自由にコピー機を使えるようになる!早く二人共帰って来ないだろうか、早くコピー機が直ったことを報告したい!些細なことだったが、僕の心は躍っていた。ところが、二人が帰ってきて早速「コピー機が直ったんです!」とミルドレッドに言ったら、喜ぶどころか、お礼も言わず驚きもせず、ブスッとした顔で「もう使ったの?」とだけ言い、コピー機を小さな部屋からミルドレッドの部屋に運んだ・・・。これでその小さな部屋には、コピー機もタイプライターもなくなってしまった。ミルドレッドがコピー機を自分の部屋に移動させた後、ちらっと覗いたら、なんとコピー機には「1枚10セント」と書いた張り紙がしてあった。朝食代もジュース代もパウダー代もシャンプー代も、何もかも、すべてお金をとるというのだ。愕然とした。さっきまでの喜びはとっくに消えていた。泣きたかった。

その日、学校ではやっとエリックに髪を切るところを教えてもらった。床屋に連れて行ってもらい、それをきっかけに仲良くなろうと思っていた。でも、一緒に行ってくれると思ったら、場所を紙に書くと言う。日曜日の予定を聞いたら、ラジオ局でバイトだと言う。ああ、僕はまた週末ひとりなのだ。

ハンガリー人のスィリーとエリックはすぐに仲良くなっていた。というのも、二人には「絵を描く」という共通点があった。スィリーが学校に来た初日、僕は同じ留学生という立場もあり、すぐに仲良くなれた。エリックも好青年で、僕は仲良くなれると思っていた。

スィリーが羨ましいと思った。ホストファミリーは、僕の大好きなフランス語の先生宅。スィリー自身も「彼女はすばらしいわ!大好きよ!」と言っていた。あの先生宅なら本当に楽しい毎日が送れるだろう。そして共通の趣味を持った友達(エリック)と毎日楽しそうに話をしている。

翌日、僕はミルドレッドに、なぜコピー機を移動させたのかを訊いた。
「これはビジネス用なの。タダじゃないのよ。だから、あなたが使う時はお金を出さなきゃいけないの」
答えになっていなかった。なぜ有料にしたのかなんて訊いていない。小さな部屋からミルドレッドの部屋に移動した理由を知りたかったのだ。でも、そんなこと、タイプライターの件にしたって、訊かなくても理由は分かっていた。

5日後、僕が家にひとりでいる時、コピー機を修理する人がやってきた。まったく、僕が直したというのに。案の定、コピー機には何ら問題はなく正常だと修理人は言った。ミルドレッドが家に帰ってきてから、そのことを伝えると、
「私の部屋に誰か入ったの?知らない人は誰も入れないで!!!汚いでしょ!」
と言って怒っていたが、ハッキリ言って怒られる筋合いはなかった。今日その人が来ることをミルドレッドは自分で言っておきながら、出かけたのだ。修理人が来るということは知っているのに、例えば「修理人が来たら、コピー機を私の部屋から出して見てもらうようにして」とでも言われていたら、僕は確かにそうしたが、部屋に誰も入れるな、などと後から言われても僕は困るばかりである。そして、コピー機が正常であることに関しては、何も言わないのだ。全く、分からない。

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