第5話
「友達」

8月29日(月)、登校し始めてちょうど1週間。学校に行くと、ハンガリーからの留学生スィリーがいた。彼女は1年の滞在ではなく、半期間だけで1月までいるとのことだった。僕は自分と同じ立場である留学生の友達が出来てとても嬉しく思った。スィリーは明るく、素直で、美人で、お嬢様のようだった。彼女のホストファミリーはフランス語の先生宅ということで、僕は心底羨ましいと思った。ルィスヴィル高校の外国語の授業はフランス語しかなく、僕は元々フランス語を勉強したいと思っていたので、迷わずに履修した。担当教師は40代半ばくらいのアメリカ人女性だったのだが、フランス語の知識がまるでない僕でも、彼女のフランス語は素晴らしいと思った(次の学校のフランス語教師は凄まじいアメリカ訛りでフランス語を発音していたので、やはりルイスヴィルのフランス語教師は「r」をきちんと発音していたことからしても、とても上手なのだった)。そして見た目も美しく知的でユーモアがあり、誰からも好かれる女性のようだった。廊下ですれ違うと、この先生はいつも「ボンジュール」と言った。生徒たちからも人気があった。その先生宅にホームステイをしているなんて、スィリーはなんてラッキーなのだろう!そして僕はなんてアンラッキーなのだろう!家に帰ると、ミルドレッドが風邪を引いていて声がおかしかった。僕はコロラドにいる高校の先輩に電話をしたいと思ったのだが、ミルドレッドに「ダメ」と言われてしまったので、手紙を書いた。

廊下ですれ違うと挨拶してくれる人、同じ授業をとっていて話す人、ランチを一緒に食べる人・・・一見、友達が沢山出来たように思えたが、実際は誰も友達ではなかった。気軽に話せる人もおらず、放課後や週末に遊びに行けるような人もいない。早く友達が欲しいと思った。アメリカ文学やフランス語の授業で一緒のエリックがとても感じが良く、仲良くなれそうな気がしていた。最初の一週間は話す機会もなかったのだが、スィリーと出会ったその日、ランチルームで列に並んでいるとエリックが来たので、僕は自分から「Hi!」と声をかけた。エリックは髪を切ってさっぱりしていた。
「髪、切ったの?」
「そう、ヘンじゃない?」
「そんなことないよ、いいと思うよ!」
何かクラブに入ろうと思っていたので、僕はエリックに何のクラブに入っているのか訊いたら、美術クラブだと言った。
「コウは絵を描く?」
「描かないんだ。絵は苦手で。でもピアノは弾くよ」
エリックのお父さんもピアノを弾くそうだ。何か共通点を見出して、週末遊びに連れて行ってもらいたいと、心の中はソワソワしていた。

スィリーとエリック。ヘアーカットと絵。8月29日(月)に僕が遭遇したこの4つのキーワードは、僕のすさんでいた心を支えて明るい方へと導いてくれるものだと思っていたのに、悲しみへと突き落とされる出来事が、少し後で起こるのだった。でもその時点では、僕は未来が開けていきそうだと、信じていた。

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