第2話
「南部なまり」

何にもない田舎町では、ひとりで店に行くことも出来ない。ホストファミリーの話す英語も南部なまりで本当に分かり辛い。でもホストマザーのミルドレッドは「南部なまりなんてない」などとほざく。アンタ、凄まじいなまりだよ!とは言えなかったが・・・。僕はこのミルドレッドとの仲がどんどん険悪になっていく。家には夫婦二人しかいなかったが、家の裏にはホストファーザー、オジーの息子夫婦が住んでいた。僕の唯一の心の拠り所となる2人だった。ホストは家から100メートル離れたところに、小さな店を経営していた。日本でいう駄菓子屋のような?アイスやジュースを売っていた。言い方は悪いが(差別的に聞こえるかもしれないが)、その町は僕がそれまで見てきたアメリカとは全く違い、まるで貧しいアフリカの田舎町に来たかのような錯覚に陥った。ここが世界をリードする先進国アメリカだとは思えなかった。これが日本とは違う貧富の差・・・?

心がどんよりしつつも、僕が到着した翌日に、ミルドレッドの姪グウィーンがやってきて、車でオーガスタに行き買い物をした。ラジカセが欲しかったのだ。音楽が必要だった。グウィーンはカリフォルニアで空軍にいた。彼女の英語はミルドレッドよりは分かりやすいものの、いまいち聞き取りづらい。黒人独特のなまりもあるのだ。ミルドレッドは、英語が理解出来ない僕に辛抱強く説明するのを嫌がった。この点がまず、今まで出逢ったアメリカ人とは異なった。言葉が出来ないだけでも心細いのに、理解出来ないと説明するのを諦める。銀行に口座を開きに行った時も、僕が理解出来ないのをみて、説明するのを諦め「誰か!日本語できる人はいないの?」と言った。グウィーンが来た時も同じで、ミルドレッドの言うことを理解できないとグウィーンを呼んで、説明させた。グウィーンはミルドレッドよりは説明してくれるのだが、彼女は彼女ですぐにイライラする性格だった。僕がなかなか理解しないでいると、顔を引きつらせ、貧乏ゆすりしながら怒りっぽい口調になった。

孤独。それ以外の何ものでもなかった。町の暗さ、家の暗さ、何もかもが僕の心を暗くした。ちょっと前までは、日本の高校の皆と毎日楽しくコロラドでワイワイやっていたのだ。ホストファミリーも明るくて親切で、本当に楽しかった。そこでは僕は「英語が出来ない人」ではなかった。なのに、いきなり奈落の底に突き落とされたような気分。早く学校に行きたかった。同年代の友達に会いたい。

ルイスヴィルに到着して3日後、学校が始まった。家から歩いて10分くらいのところに学校はあった。しかし、毎日ホストファーザーのオジーが車で送り迎えするという。行きも帰りも。それは窮屈だと思ったが、そうしないといけないと言われた。今考えても変な話である。子供じゃあるまいし、近いところに学校はあるのに車で行かなくてはならない・・・。放課後、友達と喋ったりすることも出来ない?

学校に着いてまず驚いたのは、黒人ばかりということ。町全体がそうなのだから、当たり前なのだが、一瞬面食らってしまった。9割が黒人で1割が白人なのにも関わらず、先生は1割が黒人で9割が白人だった。唯一のアジア人に生徒たちは興味津々。アメリカでは外国人なんて珍しくないから、誰も声はかけてくれない。だから、自分から声をかけて友達を作ること・・・これが、留学のマニュアル本に書いてあったこと。でも南部の気質は違うようだ。皆に声をかけられるが、南部なまりを理解できなかった。僕はジョージアに来て、初めて「英語の出来ない人」と呼ばれるようになった。

「黒人ばかりで面食らった」と書くと、誤解されてしまうかも知れないが、決して差別の目で見ていたわけではない。黒人のコミュニティーに行ったことがなかったので、最初は違和感があったのだ。でも勿論、それにはすぐ慣れた。慣れたが、疑問は残った。食堂に行くと、綺麗に黒人グループと白人グループに分かれている。勿論白人は少数派だ。別に仲たがいをしているようには見えないが、これほど完璧に分かれていると不思議なものだ。僕は登校初日に、食堂で、どこで食べようかとキョロキョロしていると、「こっちにおいで」と手招きされた。さっき図書館で会った白人の女の子だった。

生徒たちは皆優しかった。数学の授業で、ある時、最後に先生が言ったことが理解できずにいたら、隣にいた生徒が説明してくれた。テストが返ってきたのだが、それを何かするらしい。
「サーンしてもらってね、家族に」
サーン?家族?
「サーン?ああ、息子(son)のこと?」
「じゃなくて!ええと・・・」
サーン・・・何のことだろう。この言葉を理解しない限り、どうにもこうにも話が進まないことだけは分かった。サーン。
「あ、太陽(sun)のこと?」
僕は指を上にあげた。
「違う違う!あなたの、家族に、サーンしてもらうんだよ」
そして紙に文字を書いてくれた。ああ!サーンとは、sign のことだったのだ!これが南部なまりの特徴だった。だから、「I」は「アイ」ではなくて「アー」になる。

家では食後の皿洗いと、土曜日の朝の庭そうじが命じられた。学校が始まって2日目くらいだったか・・・夕食時、なぜか僕とオジーの二人だけだった。ミルドレッドが外出しているのではない。居間にいるのだ。なぜこちらに来ないのだろう。居間を覗くと、ひとりで食べている。僕と食べたくないのだろうか?

学校に行き始めてまだ1週間も経たないある朝、オジーの車でいつも通り登校し、車から降りようとしたとき、オジーに一枚の紙を渡された。
「これはミルドレッドから。これを読んで理解したら、サインして返しなさい」
何だろうと思い見てみると、僕の態度に対する注意と不満がずらりと並んでいた。

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