第1話
「ルイスヴィル到着」

1994年8月19日(金)。僕は米国ジョージア州のオーガスタ空港に降り立った。ゴルフで有名なオーガスタから車で1時間程走ったところにあるルイスヴィルでの留学生活を始める為である。7月中旬から1ヶ月間、高校のクラスメイト全員が参加するアメリカ語学研修に参加し、コロラドで3週間ホームステイ、その後シアトル、ヴィクトリア(カナダ)、サンフランシスコを1週間で周ってから帰国。たったの5日間日本に滞在しただけで、僕はひとりでアメリカにトンボ帰りした。オーガスタ空港で出迎えてくれたのは、オジー・ハナー(72歳)とミルドレッド・ハナー(53歳)だった。僕のホストファミリーである。笑顔の対面だった。

この時、僕にとっては3度目の渡米だった。1度目はカリフォルニア(14歳)、2度目はコロラド。どちらも楽しい思い出しかない。気候も良く、綺麗なイメージのアメリカだった。しかし、自分が1年間住むことになるジョージアの田舎町ルイスヴィルに到着したときは、愕然とした。ホストファミリーは黒人であり、そして町の住民の9割が黒人だということは知識として知っていたが、黒人ばかりの町というのは初めてだったので、どんな想像もつかなかった。家に着く前にファーストフード店に立ち寄った時、黒人しかいない光景を見て「ああ、本当にそうなんだ」と実感。ホストファミリーの家に着いて、更に吃驚。家の雰囲気がそれまでの「明るい」イメージのアメリカの家とは大違いで、暗い感じがした。とてつもなくどんよりしていて、不安になった。部屋に案内されてひとりになった時、目の前が真っ暗になった。
「ああ、自分はなんていう選択をしたんだろう。アメリカに一人で1年も住むなんて・・・」
それまで感じたことのない不安と寂しさ。つい数日前までは、クラスメイトとワイワイ楽しくやっていたアメリカとは大きな違いがあるような気がした。翌日、家のあたりを散策して、その不安は更に高まった。黒人の町、とはどういうことか。後に色々とアメリカ人から聞かされることになるけれど、僕が実際に目の当たりにした風景とは、貧しくてボロボロの家が立ち並び、ゴミも沢山捨てられて決して綺麗とは言えず、家の前で日向ぼっこしている老人の目は虚ろ、それまで自分の目で見てきたアメリカとは180度違う世界だった。

ああ!自分は本当にこの町で1年もやっていけるのだろうか。こんな暗い、覇気のない町で、53歳のホストマザーと72歳のホストファーザーと共に、本当に仲良くやっていけるの?不安で仕方がなかった。無事に到着したことを、日本の両親に知らせる為に電話すると、母が出た。
「どう?」 と聞かれた時、心を覆っている闇を隠すことが出来ず、
「うん、何とか・・・」
曖昧な返事をした。安心させる言葉をかけてあげることも出来なかった。
「自分で選んだ道だからね」
母に言われた。きっと母は、僕の元気のない声に、心配でたまらなかったと思う・・・。

人間とは不思議なもので、環境には慣れるもの。そういうものだ、と思えば、それが当たり前になる。町に慣れ、学校にも慣れていったが、ホストファミリーとの関係は日に日に悪化していくばかりだった。初日に感じた「悪い予感」は不運なことに当たっていた。我慢して我慢して、「いつかはきっと分かり合える」という希望は捨てずに、毎日プラス思考でいこうと思っても、また突き落とされる。そんな日々が待っているとは夢にも思っていなかったような気もするし、その時点で想像がついていたようにも思う。

ルイスヴィルは僕にとって苦悩の町だった。

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