思い出の日本食

僕が初めてフランスの地を踏んだのは、大学1年の春。国際映画祭が開かれることで有名なカンヌにて、1ヶ月間語学学校に通う為に渡仏した。その時はまさか、その1年後に奨学生としてまたフランスに戻って来るなんて思いもしていなかった。1ヶ月の間、僕はとにかく楽しんだ。世界各国からやってくる同世代の人達と、本当に毎日毎日、来る日も来る日も楽しく騒いで遊んだ(勿論、日中は真面目に授業を受けた)。冗談ばかりを言い合って、何処に行ってもゲラゲラ笑っていた。

僕達は何人かでいろんなところに出かけたりしたが、今でも思い出に残っているのは、皆で日本食レストランに行った時のことである。実はその時、一悶着あったのだ。

とある日、日本食レストランに行こう!という企画が持ち上がった。いつものメンバーで。皆ノリ気だったのだが、なぜかスイス人の面子はイマイチ乗り気ではなかった。「日本食より中華の方がいい」(この間行っただろうが!)、「生魚なんて気持ち悪い」「生魚の他にもあるの?」・・・などと言ってくる。無理強いなど誰もしなかったし、僕のみならず他の人達も「行きたくないんだったら、行かなくていいんだよ」とはっきり言っていた。それでも彼らは皆口を揃えて「行く」と言う。

ところが当日、約束の時間になっても、スイス人メンバーはモジモジしていた。なんだかよそよそしい。結局、彼らは行きたくないのだ。「イタリアンに行く」「中華に行く」と直前になって言ってきた。僕達一同、勝手な態度にムッとしていた(ちなみに日本人は僕一人だった)。誰も無理強いしなかったのだから、行きたくないなら最初から「行く」なんて言わなきゃいいのに・・・。僕の気持ちを知ってか知らずか、他のメンバーは妙に僕に優しかった。日本食レストランに着くと、それぞれが別々のものを頼んだ。
「あいつらよりも美味しいものを食べてやろう!」
「イタリアンや中華なんていつでも食べに行けるのにねぇ〜」
などと口々に言い合った後、誰かがこう言った。
「あれ、今ここにいるメンバーって、皆それぞれが違う国から来ている!そして、なぜかスイス人がいない。一人一人が違う国から来ていて、この中にスイス人がいないって珍しい!」
言われてみるとそうだ。キャンセルしたのは全員スイス人だった。僕の他に、スウェーデン人、ベルギー人、スコットランド人、オランダ人、アメリカ人がいた。僕達の学校には、ドイツ語圏のスイス人が非常に多くいた。振り向けば、横向けば、前向けばスイス人がいて、スイスのドイツ語が飛び交っていた。当然の如く、スイス人と接する機会は多い。それだけに「スイス人のいない今宵」というのは、珍しかったのだ。

すき焼き、寿司、てんぷら・・・様々な日本食が運ばれてくる中、皆が皆、「とても美味しい」と口にした。そして、
「今夜、コウと一緒にここに来られてよかった。ありがとう」
と言ってくれた。数週間振りで口にする日本食を頬張りながら、そして特別大好きだったわけでもない“わかめサラダ”を食べながら、何とも言えない幸福感に包まれた。この人達と出会えて良かった。そして、何気ない一夜だけど、きっとこの日のことは忘れない、そう思った。

数年後、僕はスウェーデンの首都ストックホルムに行った。そこで、カンヌで出会った友人と再会した。「海外に来てまで日本食、なんてバカにしてはいけない。ここストックホルムは魚介類が新鮮なところ。ストックホルムで食べる寿司はまた格別」と本やテレビで見聞きしていたので、是非寿司を!と思っていた。僕は友人宅に4泊させてもらっていたのだが、当然の如く、「日本食に行こう」ということになった。カンヌにいた時のことを思い出すねぇ〜、なんて言いながら、懐かしい気分に浸った。カンヌは庶民的な店だったが、ストックホルムの日本食レストランは随分と立派な門構えだ。

カンヌで出会ってその2年後、ストックホルムで再会し、日本食レストランに来ている。出会いって大切だなぁ、としみじみ思っていたところに、料理が運ばれてきた。僕の目の前には天ぷら定食。友人にはすき焼き、そしてもう一人の友人には寿司。そこで、僕はハッと気づいた。ストックホルムで食べる「新鮮な魚を使った寿司」を食べると意気込んでいたのに、何を血迷ったか、僕は天ぷら定食を頼んでしまった!!!しかも、スウェーデン人2人には「寿司も美味しいよ」なんて薦めていた僕・・・。

またストックホルムに行って、今度こそ、その新鮮なる魚介類を使った寿司を食さねば。


異国にて…

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