1999、夏、イタリア珍道中シリーズ
Vol. 3 「麻薬」

ジェノヴァに着いたものの、結局歩いただけで何もしていない。夕飯にパニーニを食べた後はマクドナルドのナゲット買い、そしてスーパーでお菓子とビールも買ってから、夜8時頃に恐怖の館「ホテル・ローザンヌ」に戻った。いつもの如く、トランプ大会であるが、今回は罰ゲーム付きだった。負けた者は明日のチェックアウト時に、
「メルシー、グラッツィエ、グラーシアス、サンキューベリーマッチ・ヒゲソーリー、シーユーレイター・アリゲーター、どうもありがっとッ、もう来まっせんっ!!」
と言わなければいけない、というアホな罰ゲームだ。負けたのはMで、嫌だ嫌だと泣いて訴えてきたが、決まり事は決まり事である。振りも付けて、散々練習をさせた。

翌朝、Mがフロントでのチェックアウトを行った。僕とAはニヤニヤしながら見守っている。そして支払いが済み、いざ!罰ゲームへ突入!!Mは、言い始めた。
「メルシー、グラッツィエ・・・」
ところが、イタリア語で「ありがとう」を意味する“グラッツィエ”という単語が発された瞬間、ホテル・ローザンヌのマダムは、「あぁ、はいはい」という感じで後ろを向き、Mが続けた
「サンキューベリーマッチ・ヒゲソーリー、シーユーレイター・アリゲーター、どうもありがっとッ、もう来まっせんっ!!」
の部分は、何も聞いていなかった。Mも聞いてないマダムに発することに虚しさを覚えたようで、最後の方は尻つぼみとなり、何とも末恐ろしい罰ゲームと相成った。

苦い思い出ばかりのジェノヴァを発ち、僕達が次に向かったのはフィレンツェ。きっとジェノヴァも根気を入れて回れば、素晴らしい面も発見出来たのだと思うが、3人は一心同体かのように、心はフィレンツェに向いていた。要は、ジェノヴァの雰囲気自体が好きになれなかったし、出発前、フィレンツェ体験組の面々から、散々聞かされていたので、さぞかしフィレンツェはいい街なのだろうと夢一杯だったのである。
「フィレンツェはいいよ〜!1週間居ても足りないくらいだった!!」
その言葉を信じ、僕達はとにかくこの怪しいイメージのあるジェノヴァを離れて、早く華のフィレンツェに行きたかったのだ。

フィレンツェに着いてからは、また早速の宿探し。あちこち歩き回るが、なかなかいいホテルが見つからない。その中で、ひとつ、良さそうなホテルがあったが、予算額より少し高めだ。そこのフロントのおばあさんはとってもいい人なのだが、ご多分に漏れず英語もフランス語も出来ず、全く言葉が通じない。それでも何とか身振り手振りでやりとりをした。でも、もう少し安いホテルを、と思い、また探しに出た・・・のだが、もう歩き疲れている。宿探しにこんなに時間を割くのは勿体無い。やはり、あのホテルにしよう。そう決めた瞬間、沢山の米国人バックパッカー達が通り過ぎるのを見て、「負けちゃいられん!」と僕達はいきなり走り出した。

かくして先ほどのホテルに戻り、案内された部屋は広く、しかもトイレ・シャワー付きだ!!安宿と言えども、昨日の恐怖の館に比べれば何のその、超快適に感じる。これから街を散策して、夕飯を食べてホテルに戻ることにする。

・・・と、ふと気がつくと、夜の7時になっていた。いつの間にか、3人で眠ってしまったらしい。慌てて3人共起きる。聞くところによると、僕とMが先に寝出し、ひとり取り残されたAは、
「まったく!街に散策に行くはずなのに、寝るなんて!!!もう、起きろー!!!」
と心の中で叫んでいたが、そのAもいつの間にか寝入ってしまったらしい。とりあえず、夕飯にしよう。それから、街中に出て地理を把握しよう。そうすれば、明日の観光の目処も付く。

というわけで、近くの小さな食堂に入る。イモが美味しい。でもって、デザートも食べたい。ここ毎日食べているジェラート。もう止められない。だがしかし、お金を遣い過ぎている。僕達はそれぞれが決まった額を出し、3人の共同財布をMが持っていた。どんどんなくなるお金を逐一Mが報告してくる。ここらで倹約しなければならないであろう。そう、まずはジェラートを止めよう。こう毎日毎日食べていては、出費がかさむ。だが今日は別だ。今日を最後にジェラートを絶つ。Mとそう約束し、ジェラートの店に行く。夕飯の店から数えて3軒目。この短い時間に、何かを食べる・飲むにあたり3軒はしごしている。そして、僕達はこのイタリア旅行最後のジェラートを頬張った。

もうこれで満足。もうこれで満腹。もうこれでご満悦。もうこれで、歩く気力なし。街中散策は即中止。そう、これが僕達の旅なのだ。気がづけば居眠り、気がづけば食べ、気がづけば先に決めていた予定はあっけなく中止。

翌日、案の定僕達のジェラート病の発作が出た。このイタリアで、太陽がさんさんと降り注ぐこのイタリアで、ジェラートがそこらじゅうに売っているこのイタリアで、ジェラートを絶つことはかなり難しい。しかも、あの味を知ってしまっている。一度知ったらもう止められないのだ。麻薬と同じだ(ろう)。ジェラート売り場の近くで、僕とAはMに懇願する。
「あのぉ・・・M様、ジェラートが食べたいんだけど・・・」
するとMは、
「昨日、約束したばっかりじゃん!もうジェラートは絶つって決めたばっかりなんだから!!絶対にダメです!」
と言うのかと思いきや、
「いいよ」
とあっさり、共同財布からお金を取り出した。

結局その後、一日たりとも、ジェラートを食べなかった日はない。あの時の誓いなんて、何の意味もなかった。

これが僕達の旅なのだ。

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異国にて…

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