1999、夏、イタリア珍道中シリーズ
Vol. 1 「変な女」

元はと言えば、僕が「6月にイタリアに行こうかな」と発言したことが始まりだ。日本に帰国する直前の8月は北欧に行くことにしていたが、イタリアにはまだ行ってなかったので、それならば特に何にもすることがない6月に行こうと思った。それに友人一人が賛同し、2人で行くことにした。そしてその話を聞いて賛同する人が増え、大所帯で行くことになるかと思われたが、一人抜け、また一人抜け、でもって最初に賛同した友人もお金の遣い過ぎの為に、旅行代金がなくなってしまったとかで抜けた。結局はA、M、そして僕の3人でのイタリア珍道中と相成った。

ブザンソンからドールまで電車で行き、そこから夜行列車に乗り、ヴェニスまで直行だ。出発当日の夕方、僕達イタリア行き組3人の為に、駅近くのちょっといいレストランで壮行式が行われた。2人が送ってくれた。1人は腸炎だかなんだかで具合が悪いというのに、駆けつけてくれた。食事をし終えた後、2人からは「イタリアに向かう3人に向けた言葉」を発表してもらい、僕達3人はイタリアに行くにあたり、一言ずつ挨拶をした。

・・・一体、何の儀式じゃ。

電車に乗ってから、ふと笑ってしまった。たかが1週間、イタリアに行くだけなのに、随分と大袈裟な壮行式が成されたものだ(ま、僕が企画したのだが)。乗り継ぎ駅、ドールで電車が遅れていることを知る。カフェで時間を潰し(トランプをしていた)、やっとヴェニス行きの電車が来て乗り込み、4人用の寝台コンパートメントのところに向かう。しかし、その中のひとつがどこをどうしてもベッドにならず(倒れず)、結局2人・1人でコンパートメントを分かれることになった。まぁ、寝るだけなので問題ないが。

朝、目的地・ヴェニスに程近くなったところで、僕達3人は出口のところに立っていた。Aがトイレに入っている時、決して綺麗な格好をしているとは言えない女が近づいてきて、Mに話し掛けた。
「ほえあ・あー・ゆー・ふろむ?」
どっからどう聞こうとも「ワタシ、ニッポンジンです!」と言っているような、英語を習いたての中学生のようなジャパニーズ・イングリッシュで、何処から来たのかと尋ねてきた。Mは、何ともなしに、
「ジャパン!」
と答えた。すると、女は「あ、日本人なんだー!」と、ひとり喜んでいる。そして、誰も聞いていないのに、女は自分のことを話しまくる。
「あたしねぇー、高校卒業してすぐアメリカの大学に行ったのねぇ。で、今3年目なんだけどぉ」
・・・えっ、3年もアメリカにいて、その英語なの?!
「今年の夏休みは日本に帰らないで、ヨーロッパに旅行に来てるんだぁ。あ、フランスのリヨンってところに知り合いがいてね、そこに泊まってたの。フランスって英語通じないよねー」
・・・。Aがトイレから出てきて、何事が起きたのかというような顔で戸惑っている。Mはどうすればいいんだ、という顔でうつむいている。僕はソッポを向いている。一同沈黙。

だがしかし、誰も聞いていないのに、女は話を止めない。
「そんでぇ、イギリスとフランス見て回ってぇ、これからイタリアを回るんだけどぉ。やっぱり、ヨーロッパってアメリカと違うよねぇ」
・・・。返す言葉なし。
「あ、そうだ!ねぇ、今日何処に泊まるの?」
イヤな予感が走る。ホテルは予約してあったのだが、少し高いホテルだったので、現地でもっと安いホテルを探してみようという計画だった。もしや・・・と思っているところに、女はまるで名案を思いついたかのような顔付きで、
「ねぇ!一緒に泊まらない?4人だったら部屋代も安くなるし!!」
と言い、カバンの中から、「Let's go」という旅行ガイドを出してきた。さしずめ「地球の歩き方」のアメリカ版といったところである。
「これに、安いホテルも一杯載ってるし、そうしようよ!」
たった今、会ったばかりである。しかも、別に話が盛り上がって意気投合したわけでもない。なのになぜ、この女と一緒に観光をして、更には宿まで共にしなければならないのだろう。
「僕達はもうホテルは予約してあるから」
と言っても、「そこっていくら?・・・高いじゃなーい!もっと安いところは一杯あるしぃ〜」と言って引き下がらない。そうこうしているうちに、電車はヴェニスに着いた。

駅の出口に向かいながら、僕は何とかしてこの女と離れる方法を考えていた。それはAもMも同じだったと思う。明らかにノリも匂いも違うタイプだ。一緒には居たくない。女は、駅に着いたらインフォメーション・センターで聞いてみる、と意気揚々としている。宿代を浮かせる為と、一人旅の寂しさを紛らわす、恰好の相手が現れたとでも思ったのだろうか。改札を抜けると、出迎えの人達、またホテルの呼び込みの人達で賑わっていた。駅の中に宿の予約などが出来るインフォメーション・センターがあり、女はカバンをMに預け、
「安い宿を予約出来るかどうか聞いてくるから、カバン預かってて!」
と言い、駆けて行った。僕達は口々に「いくら言っても強引だよね。どうする〜?」と言い合った。すると、イタリア人のオッサンに話し掛けられた。ホテルの呼び込みだ。普段、あまりこういうテには乗らないのだが、宿代を交渉すると、先に予約していたホテルよりも安くなったので、僕達はいろんな意味ですぐにそのホテルに決めた。と、Mは呟いた。
「・・・じゃあ、このカバン、返して、、、くるね」
そしてMは、インフォメーション・センターに並んでいる女のところにカバンを返しに行った。
「あの女、どういう反応してた?」
「ムッとしてた」
こちらもムッとしていたのだが、今はホッとしている。

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異国にて…

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