名犬シュベッツ、ひと春の戯れ・・・そして、再会
後編

カンヌでの語学研修から1年半後に、僕はブザンソンでの生活を始めた。犬王国フランスでは、シェパードを多く見かけた。その度に思い出すシュベッツ。そして、毎日のように見かけるシェパードが本当に好きになり、どのシェパードを見ても心の底から「可愛い!」と思うようになった。いつかシェパードを飼いたい、と思い始めると、そこから妄想が始まる。大きな家で、シェパードと戯れる僕・・・。ああ・・・早く未来の愛犬に会いたい・・・シェパード・・・。そんな妄想をするだけでいてもたってもいられなくなる。ふと気づくと、僕の横を散歩中のシェパードが飼い主と共に通り過ぎて行く。あっ・・・シェパードの足跡が・・・なんて可愛いんだろう・・・警察犬や盲導犬にもなるような凛々しくキリッとしたシェパードが、なぜ歩く時はあんなに気だるそうに歩くのだろう・・・なぜ休む時はあんなにベターっと地面に顔をくっつけてるのだろう・・・。旅行中にシェパードを見かけると、すぐにカバンからカメラを取り出し、写真をパチリ。ある時は、散歩中の犬を何枚か隠し撮りしていたら、飼い主が遠くにいる僕に気づき、向こうも僕の写真を撮っていたこともあった。撮り返されたわけである。

そんな中、春休みに友人と南仏旅行に行くことになった。あのカンヌでの日々から実に2年振りである。南仏に行くのなら、どうしてもカンヌに立ち寄ってホームステイをした家族に会いたいと思った。・・・いや、本音は家族よりもシュベッツに会いたかったのだ。

ステイ先に泊まる予定はしていなかったので、当日の数時間前にいきなりニースから電話をかけた。強行手段だ。
「2年前の春にホームステイをした日本人のコウです!覚えてますか?・・・ええと、今、ニースに来てるんです。今日の午後、ほんの少しだけ伺いたいのですが、いいでしょうか?」
なんせ年中留学生が出入りしている家である。僕のことを本当に覚えているのかどうかは分からないが、とりあえず快諾して頂けた。

同行するはずだった友人は、風邪を引いていて体調がすぐれないというので、僕が一人で行くことになった。カンヌの駅から家までの道のりはビックリする程に完璧に覚えていた。懐かしい道を歩きながら、「シュベッツは2年前の僕のことを覚えているのだろうか・・・」と、期待と少しの不安を感じていた。そして家の前に着いて、ドキドキしながら呼び鈴を押す。すると、シュベッツの鳴き声が聞こえた。そしてマダムと共に姿を現した、かのシェパードは2年前と同じように飛び跳ねながら僕を迎えてくれた。まるで、僕のことをよく覚えているかのような喜びようだった。覚えてなんかいない、ただ来客に喜んでいるだけ・・・だったのかも知れないが、僕はその喜び様に感激し、僕にジャンプしてくるシュベッツを2年前以上に撫で回した。何度も何度もジャンプを繰り返すシュベッツ。ジャンプされればされる程、僕は嬉しくなる。だがしかし大型犬である。マダムは僕に気を遣ってか、
「シュベッツ!止めなさ〜い!」
と注意を促した。すると利口なシェパードは、おとなしくなってしまった。そ、そ、そんな・・・止めなくてもいいのに・・・。ちょ、ちょ、ちょっと・・・もっと遊んでよ・・・ああ、なんでソファーに行っちゃうんだよ・・・ガックリする僕。マダムは僕の近況を聞いて来た。半年前からブザンソンで勉強をしていることや、今友人と南仏旅行に来ていることなど、色々と話した。2年前は僕のフランス語もたどたどしく、英語を交えながらの会話だった。しかもマダムは英語があまり話せなかった。しかし今は、スイスイと会話が進む。上達過程を知らないマダムは、突然フランス語力がアップしたかのように見える僕のフランス語に驚いていた。あれから2年だからね・・・。

そして、子供達は2階にいるというので行ってみた。子供の2年は大きい。随分と背も大きくなり、まだ赤ちゃんだった三男坊は口も達者になっていた。

1階に下りると、シュベッツは寝ている。愛しの犬が僕と遊んでくれないんじゃ、つまらんではないの・・・シュンとする僕。まぁ、あまり長居も出来ないし、シュベッツは寝ているし、ということで、おいとますることにした。マダムに「じゃあ、行きます」と告げ、家を出て行こうとしたら、シュベッツがムクッと起き上がり、僕を見送る為に後をついて来た。鳴き声で僕に別れを告げる。本当に可愛い犬だ。

たった30分の往訪だった。その日の夜も、そして次の日も、また次の日も、僕の体にはシュベッツがジャンプしてきた感触がまだ残っていた。僕がこれまで見てきたシェパードの中では、一番の美形犬だった。


異国にて…

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