
| ニッポンのラブホテル |
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上京してまだ1ヶ月も経たない頃だった。平日の昼頃、渋谷の道玄坂下で信号待ちをしていて、ふと横を見たら、若い白人カップルが僕に向かって歩いて来る(ように見えた)。フランス人っぽい人達だなぁ・・・と思いながらも特に気に留めず、体の向きを直した。すると、その白人カップルの男の方が、「スミマセン」と、僕に話し掛けてきた。とてもたどたどしい日本語で、「ここは道玄坂ですか?」と僕に問うた。まずこの時点で、どこぞの国の方達ではないことがはっきりした(含・皮肉)。日本語が話せないであろうことは察知がついたが、相手は何とか日本語で話そうとしたのだ。相手が外国人となると、例えその人が日本語で話し掛けようとも、話し掛けられた日本人はハッとして、英語の単語を何とかつなぎ合わせて伝えようとする人をたまに見かけるが、僕は日本語で聞かれたら、とりあえず日本語だけで答える主義である。それは日本語で話し掛けてきた相手に対しての礼儀である。そして日本にいながらにして、「英語を話せますか?」という問いもなしに、当然のようにいきなり英語で話し掛けてきたり、英語で質問してきたりする人に対してはちょいと冷たい。ここニッポンでは、英語は公用語ではないんですよ、と一言言わせて頂きたくなる。
そんなわけで、頑張って日本語で言おうとしている人には、敬意を表する。その時も日本語で「ここは道玄坂です」と答えたのだが、彼の口から次に言いたい言葉がなかなか出てこなかった。もどかしかったので、 「Do you speak English?」 と言いかけ、“イングリッ・・・”のところで、ハッと思いつき、 「or... French?」 と聞くと、何のためらいもなしに「ウィ」と答えてきた。聞けばやはりフランス人であった。「イエス」ではなく「ウィ」と答えたところが如何にもフランス人らしいと思った。何気なく「ウィ」と答えた彼だったが、その直後にひっくり返った。道を聞くために声をかけた相手が、偶然にも自分の国の言葉(フランス語)を話せる日本人であったことに、ビックリ仰天していた。そして傍らでキョロキョロしていた彼女の名を呼び、僕を指しながら、 「か、か、彼はフランス語話せるんだって!!」 と意気揚々に言った。そして、さっきまでのおどろおどろしい態度から、本来の陽気な彼に戻ったようで、水を得た魚の如く、言葉をスラスラと吐き出した。 「ここは道玄坂ですよね?実は、ラブホテルを探してるんですよ。で、ガイドブックによると、この道玄坂の上あたりにあるって書いてあるんですけど」 ははぁ〜ん、そういうことね。真っ昼間からね。まじまじと二人を見つめてしまう僕。 確かにヨーロッパにラブホテルという概念のホテルはない。ラブホテルについて説明している外国人向けの日本のガイドブックも結構あるくらいだ。案外、観光の記念に立ち寄ってみたくなるらしい。しかし、日本語ではどうしても言いたいことが言えずにもどかしかった彼は、偶然話し掛けた僕がフランス語を解することによって、いとも簡単に質問を口にすることが出来たわけだが、いかんせん、当時僕は上京して1ヶ月も経たぬ身であった。あの辺りは、今となれば例えラブホテルに用はなくとも、比較的通る頻度の高い界隈であるが、その時の僕は、彼の言うことは理解出来ても、道玄坂にラブホテル街があることなぞ、全くもって知る由もなかった。道は分かってもフランス語を解さない人に当たった方が良かったのか、それともフランス語は解しても道は分からない人に当たった方が良かったのか・・・まぁ、どっちもどっちだ。 「・・・ラブホテル〜?!東京に住み始めて間もないからあまり詳しくないんですけど・・・でも、ここは確かに道玄坂ですよ。だから、この坂の上がラブホテルの界隈なのかどうか・・・」 「ここが道玄坂なんですよね。ならば、この坂を登ればいいわけだ・・・分かりました!どうもありがトォ〜!」 そして、傍らの彼女も笑顔で、 「どうもありがとうッ!」 ・・・「いいえ、どう致しまして。どうぞごゆっくり」 まぁ、あの坂を登れば「どこかなぁ?ここかなぁ?あっちかなぁ?」と探し回らなくても、ラブホテルは山程建っているので、きっと彼らはホテル選びに迷えど、道には迷うことなくその界隈に辿り着いたことだろう。・・・しかし滑稽だ。日本の地方から出てきた人が、渋谷の道玄坂で信号待ちしている人を掴まえて、堂々と「ラブホテルはどこですか?」とはなかなか聞けないであろう。異文化とはそういうもんだ。 |