第42話
夜の煙草、夜の踊り

電話口からは紛れもなくポン子の声が聞こえてきた。ロワール川に飛び込んだのではなくて良かった。今パリにいると言う。テレホンカードの度数が切れそうだから、あまり長く話せないと言うので、「今からブザンソンに来たら?」と提案。「どうしようかな。行こうかな」と言うポン子の口調はテレホンカードによって焦り気味。
「あ、(度数が)ゼロになった・・・!」
「どうする?来る?」
「行く!」
その瞬間、電話は切れた。電車の時刻表を調べ、早くても着くのは昼過ぎだろうということで、時間に合わせて駅に迎えに行った。案の定、僕が予想した電車に乗っていて、ポン子はいつものようにフラフラと改札を出て来た。

トゥールの連絡先を書いた手紙が届いていないことにポン子は驚いていた。トゥールに行く前、ボルドーから出したのは確かだと言う。フランスは比較的郵便事情は悪くない方だ(と思う)が、日本に比べれば悪いと言える。実際、日本にいる友達が僕宛に出したという手紙が届かなかったり、2通同時に出したのに別々の日に届いたりすることもあったし、フランスの郵便事情をいまいち信用が出来ないところは経験上確かにあった。ポン子の寮に電話して残した伝言も受け取っていないらしく(これもよくあった)、悪状況が重なっていた。30日に僕が電話をし、「10分前に出て行った」と告げられた時、ちょうどポン子はトゥールに出かけたところだった。しかし、現地ではあまりいい思いをせず、早くパリに行きたいと思ったらしい。ひたすら僕からの連絡を待っていたようで、ポン子はポン子で不安な年末だったようだ。

さて我ら。相変わらず喋り捲る。8時過ぎにカティ宅の新年パーティーに参加し、その後 Pop Hall で飲み、帰宅してからはまた喋り捲り。僕はなぜかポールにタバコを吸っている姿を見られたくないと思っていて、ポールが帰ってきたらすぐにタバコと灰皿を僕の部屋に移動させる旨をポン子に告げておいた。玄関先で物音がすると、「ポールが帰ってきた!!!」と僕が叫び、ポン子は何種類ものタバコと灰皿代わりのワインボトルを、それはそれは凄まじいスピードで僕の部屋に運ぶ。スリリングな高揚感が凄まじい笑いを引き起こす。しかし外の物音はポールではなかった。こんなことが2回程・・・。僕たちは結局、朝の9時まで起きていた。

1月3日(日)。午後1時起床。あいにく天気が悪い。駅に切符を買いに行き、食料を買って家に戻る。夕飯を食べ、バーに繰り出した。またもや何種類ものタバコを持参して。ふとタバコの箱を見ると、妙なことが書いてあることに気付いた。
“Nuit gravement a la sante”
まず、“nuit”(ニュイ)とは「夜」のこと。“gravement”(グラーヴマン)は「ひどく、重く」のような意味、“sante”(サンテ)は「健康」である。となると、「夜タバコを吸うと、健康に害がある」という風に受け止れる。しかし、何故・・・なぜ、夜にタバコを吸うと健康に悪いのか?朝や昼吸うよりも、夜に吸う方が重いということ?僕達は、「不思議だねぇ」と言いながら、そのフランス語の文自体には何の疑問も抱かなかった。

それから数週間後の話だが、ポン子から電話が来て謎が解明された。フランス人の友人に、この僕達の会話を教えたのだそうだ。そして、「なぜ夜に吸うといけないのか?」と聞いたらしい。すると、そのフランス人は腹を抱えて笑い転げたと言う。“nuit”とは確かに「夜」という名詞ではあるが、“nuire”という動詞が活用した形でもあるという!そしてその“nuire”とは、「害する」という意味で、例の文を訳せば「吸いすぎは健康を害する」という意味のなす文になる。というわけで、決して「夜に吸うのがいけない」と書いてあるのではなかったのだ・・・。ただ単に、僕達のフランス語力がなかっただけであった。

更にその数年後、再びフランスに渡ったポン子からメールが来た。こんな文まで登場したと言う。
“Fumer tue”
フランスらしくて、思わず笑ってしまった。「喫煙は死をもたらす」という意味だ。



さて、今宵は深夜徘徊。バーで飲んだ後、家の近くでダンス。と言っても、ディスコテックではない。誰もいない街角で、寒い中、80年代歌謡曲を愉快に踊る。
「これで明日ロンドンでの世界大会もバッチリだね!」
「優勝間違いなし!」
こんな奇行は、酔っていたから・・・ではない。でもあまりにも愉快で2人してハマった。

ダンスを切り上げ、家に戻ってからはトーク大会。ポン子は朝早い時間にブザンソンを去るので寝ないと言う。だが我ら、段々眠くなる。僕は朝6時15分から6時半までの15分間睡眠をとり、ポン子を駅で見送った。ひとり帰宅してからはシャワーを浴び、結局ほとんど睡眠なしの状態で学校へ。1999年初日である。すこぶる眠くて仕方がないが、行かなくてはならない。1時間目の文学の授業は、何となく休講の予感がしていたのだが、それは見事に的中。嬉しいやら何やら・・・せっかく頑張って来たのに・・・という気持ちもしないでもない。

夕方4時に帰宅し、ベッドに直行。

第43話につづく

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