第36話
英語英語英語&あやしい男

12月22日(火)。朝、ローザンヌにあるオリンピック博物館へ。またもや英語対応。東京オリンピックが当然のように興味深い。その後、街中に出て昼食。ビーフストロガノフを食べたが全然足りないので、ウェンディーズに行きフライドポテトを食べた。それでも満腹感は得られない。世界一物価の高いと言われる国で、ただ単に僕がケチっているだけなのだが。

大聖堂を観て、街を散策。確かに美しい街ではあるが、寒いし空腹だし、感激している場合ではない。レマン湖にしても見惚れている余裕がない。盛んにフランスが恋しい。スイスには夏に来るべきだったな。

シニャルの丘や森林公園を目指すべくウロウロしていると、途中で道を訊いたおじさんが、今度東京に2週間行くと言うので少し立ち話をした。なぜかこのおじさんも途中から英語を話したがった。「フランス語で話して下さい」と僕は言った。
「日本人でフランス語を話せるなんて珍しいねぇ」
「そんなことないですよ。英語を話せる人よりは少ないけれど、ポピュラーな言語なので勉強してる人は多いですよ」
しっかりと宣伝しておいた。

丘を目指して歩き、歩き、歩き・・・美しい景色を目に焼き付けた。しかしどんなに美しいと思っても、フランスに帰りたいと思ってしまう。旅行に出たら、その土地の食べ物を食べたい。だが、ここは物価が高く、ファーストフード店でさえ千円は超す。地元の料理をレストランで食べるとなれば、それ以上だ。奨学金を貰っている学生の身、あまり贅沢はしないでおこうと、僕は食費にあまりお金をかけないようにしていた。今夜の夕飯はピザハット。1,400円もしたが全然足りない。またまたウェンディーズに行き、フライドポテトを注文。しかし、すこぶる感じの悪い女店員。超早口でまくしたてるので、「もう一度言って下さい」と言うと、なぜかポテト2つ分の請求をされた。「ひとつですけど」と言ったら、「あなた2つって言ったじゃないの!」と怒っている。そして、彼女はやる気のない顔で、フライドポテト用のカップに少なめにポテトを盛って僕に差し出した。

腹が立って仕方がなかったが、ウェンディーズを出て広場に行くと、スープとワインの試飲会をしており、一瞬にして機嫌が良くなる僕。更には「札幌雪まつり」のような雪の造形物を作っていた。作業をしていたある男性の後姿が、あまりにも僕の父にそっくりだったので、後ろからこっそりと写真を撮った。すると、突然若い女が駆け寄ってきて、
「今あなたが撮った写真に私が写ってるから、そのカメラちょうだい!」
と、ワケの分からないことを言い出す。父の後姿に激似の男しか撮ってないのは確実だったので、僕は無視して去った。

試飲用のワインを眺めていたら、
「Would you like some wine?」(ワインいかがですか?)
英語で話しかけられた。それにしても、僕が外国人であるだけでとにかく英語で話しかけられる。それだけスイス人は語学が達者だと言えるが、国際都市であるジュネーヴにもローザンヌにも、小さい頃から住んでいる非スイス人や、フランス語を母語のように話す外国人だって多いはずだ。留学生だって多いだろう。そういう人たちも同じ目に遭うのだろうか?勿論、英語で話しかけてくるのは、いじわる心ではなく、フランス語を理解しないかも知れないという親切心であるのは分かっているのだが・・・。フランスの場合、パリは例外にしても、英語で話しかけられることはまずない。英語を解さない人が多いだけのことだが(英語を話せるのに英語を話さないフランス人、というのはただの固定観念に過ぎないと僕は確信している)。

また、同じフランス語圏でも、お隣のフランスとは人々の様子も異なる。清潔なのは勿論のこと、信号なんてあってないようなフランスでは信号無視など日常茶飯事だが、スイスではきっちり守るどころか、信号待ちしている時に僕が一歩前に足を踏み出しているだけで、
「気を付けて!」
と、手を添えて声を掛けられたのにはビックリした。勿論英語だったが。ガサツなイメージの強いフランスと比べると、スイスはのんびりしているものの、知的で清潔で、キリッとした印象だった。

昨日と同じユースホステルに戻ると、部屋に鍵がかかっていた。フロントに行ってその旨を告げると、
「おかしいなぁ。さっき鍵を渡したから、中に人がいるはずなんだけど。この鍵を渡すから、開けたらすぐに返しに来てもらえる?」
と言われた。鍵を開けて部屋に入ると、アメリカ人の女がひとりベッドに座っていた。
「中にいる場合は鍵かけちゃいけないことになってるんだけど」
「I didn't lock!」(鍵はかけてないわ!)
アンタが中から鍵をかけずして、どうやってロックされるんだ?!まったく・・・。

部屋で読書をしていると、とある男に「どこから来たの?」と英語で話しかけられた。アクセントからしてアメリカ人ではないようだった。
「フランスです」僕が答えた。
「あなたはフランス人?」彼がフランス語で訊く。
「いえ、日本人です」
すると、彼は日本語で「ああ、日本人?」と言った。聞くと、彼はスイス人で東大に留学していた経験があると言う。母語はドイツ語で、英語、フランス語、イタリア語、日本語、中国語、アラビア語の全7ヶ国語を話せるのだとか!概してスイス人には何ヶ国語も話せる人が多い。日本語はかなり忘れたと言う。僕たちは最初英語で始まり、その後フランス語で話していたが、彼は日本語を話したそうだった。かなり忘れたと言いながら、見事な日本語力だった。結局、最後はずっと日本語での会話となった。
「下に行って話さない?」
僕たちは長い間話していたが、次第にとてつもなくあやしい雰囲気を漂わせてくるので、僕は早く部屋に戻りたくなった。
「車持ってるから、明日一緒に観光しない?」
「いや、一人で観光したいので」
僕は断り、もう夜も遅いということで部屋に戻った。

翌朝、目を覚ますと、その男が側に立っていた。

第37話につづく

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