第8話
キツイ1週間

3週目が始まり、新たな気分で学校に行くと、それまでのメンバーに、イタリア人のパオロに、日本人のヨウコさん、アユミさんが加わっていた。パオロはイタリア人にしては話すスピードがすこぶるゆっくりで、逆にヨウコさんは早口。先生は、パオロに「もっと話すスピードを上げて!」と言い、ヨウコさんには「もっと話すスピードを落として!」と言う。
「普通は反対なんだけどねぇ〜」
と笑う先生に、ヨウコさんも笑いながら「結婚すべきかしら?」と冗談をかまし、クラスの笑いを誘っていた。

ヨウコさんは日本の語学学校でフランス語講師をしている人で、僕と同じくロータリーの奨学生として、偶然にもブザンソンに1年間留学することになっていた。2週間前に初めて会った時、
「えっ、あなたもブザンソンなの?イヤだわ!」
と、いきなりそんなことを言うものだから、「なんだこの人は?!」と警戒心を抱いたが、とても個性的かつ愉快な人で、その後ブザンソンでも色々とお世話になった。

授業は実践的ではあるのだが、更にハードになっていき、授業に出ることがどんどん憂鬱になっていた。ホームステイにもストレスを感じ、マダムの優しさが重かった。ストレスの持って行き場所がなく、自分さえもイヤになる。でも、実際には何がそんなにイヤなのかが分からない。

近所に住むミドリさん家に招待を受け、アユミさんと3人で夜遅くまで話した。僕がホームステイには何の不満もないはずなのに優しさが重くてストレスを感じていることを話すと、「よく分かる」と親身になって話を聞いてくれた。日本語で話すだけでも随分と気持ちが軽くなる。

憂鬱な気分を抱えたまま金曜日を迎えた。疲れがとれず、授業に出ても自分からは発言せず。ただそこにいるだけ、という感じ。この日でアユミさんは最後。お昼に、ヨウコさんとアユミさんとでランチに行った。アユミさんとはたったの1週間だけのお付き合いだったが、クラスの仲間が去る時というのはやはり寂しいもの。しかもストラスブールの街はどんどん寒くなってきている。防寒具なくしては街を歩けない。が、
「そういう時はね、走るのよ!!!」
とはヨウコさんの弁。パオロとヨウコさんの、“話すスピード正反対→結婚”エピソードを思い出し、アユミさんとその話をぶり返して笑っていると、
「もう、アナタたち冗談通じないんだから〜!」

その日の夜は、ミドリさんとアユミさん、そしてリョウさんという外交官の方と飲みに行った。リョウさんはフランス語圏に派遣されることになり、ストラスブールでフランス語研修を受けていたのだ。リョウさんは京都大学出身。奇遇にも僕も、京大ではないが、京都の大学に通っている。「どこの大学?」と訊かれ、
「あ、京大の法学部です」
軽い冗談で言ったつもりが、
「ウソ?!ボクも京大の法学部だよ!」
と返され、顔面蒼白になってしまった。バカ丸出し?!

僕にとっては未知なる外務省の話を興味深く聞き、この研修地には奥さんを同伴してはいけない規則に驚きおのめき、フランス語学習及び習得の速さに「さすが頭の回転が違う」と感激しつつも、なぜか話はアイドルの方向に向かい、大盛り上がり。

アユミさんは大学の夏休みを利用した短期間の語学研修だったが、充実した日々を送り、途中ホームステイに疲れながらも、「さっき家を出て来る時ね、“明日帰ってしまうのね”とマダムに泣かれちゃってさぁ・・・なんだか寂しい」と感傷的になっていた。僕とマダムの別れも1週間後に迫っている。やはり寂しい思いをするのだろうか。

それにしても精神的にキツイ1週間だった。でも来週でこのストラスブール滞在も終わる。最終週は気合いを入れねば!

余談:アユミさんとはその後、連絡を取り合うことはなかったが、ストラスブールで出会って別れた初秋からちょうど2年後、僕がアルバイトをしていたフランス料理店に客としてやってきて、偶然なる再会を果たし、お互い店内で叫び声をあげた程に驚いた。

第9話につづく

フランス留学記目次